第9章 あっと言う間のバケーション(その81)
「・・・・・・・・・。」
祖父は、「これで油の温度を見るんだ」と言っておきながら、それでもじっと動かないままで鍋の中の様子を見つめている。
「んんん?」
哲司は、今から何が始まろうとしているのかと、まさに固唾を呑む思いで祖父の様子を見ている。
1分ほどは、ふたりともそのままだった。
祖父も動かなければ、哲司も動けない。
静かな空間に、鍋から聞こえるコロコロという音だけが響いてくる。
「ん! もう、良いだろう・・・。」
鍋の中をじっと見ていた祖父が言う。それでも、目は動かさない。
「・・・・・・!」
哲司は「いよいよなんだ!」という言葉を飲み込んでいる。
「よく見てろよ。こうするんだ。」
祖父は、そう言ったかと思うと、料理の時に使う長い目の箸を、持って来たコップのようなものの中へと突っ込んだ。そして、中の白い液体のようなものを掻き混ぜるようにする。
「???」
見ている哲司には、一体何がどうなるのか、祖父がやろうとしていることが掴めない。
と、祖父がその料理用の箸をコップから取り出してきて、今度は、それを鍋の上に持っていく。
「んん?」
哲司がそう思った瞬間だった。
祖父が手にしていた箸の先から、白い液体のようなものが鍋の中へと落ちた。ポトリとだ。
そう、たった1滴だったが・・・。
途端に、鍋の中で小さく「ジュワッ」という音がした。
「よ、よし! 150度は超えたぞ。」
「ええっっ! ど、どうして分かるの?」
祖父がそう宣言するように言い、一方の哲司はそれでもまだ信じられない顔をする。
「鍋の中を見てみな! おっと、顔を近づけすぎないようにしてな・・・。」
「う、うん・・・。」
祖父が言い、哲司がそれに従って鍋の中を覗き込む。
そう、椅子の上に膝立ちをするようにしてだ。
「今落とした天麩羅の衣が浮かんでいるのが見えるだろ?」
「う、うん・・・。」
「もう一度やるからな、そのままで見てろよ。」
「うん・・・。」
哲司は、何か、「世紀の実験」が行われるような気持で見つめている。
祖父が、先ほどと同じようにして、料理用の箸を鍋の上に持ってくる。
(つづく)