第9章 あっと言う間のバケーション(その80)
「腹、空いてるのか?」
哲司が待ち遠しいという顔をしていたからだろう。祖父が笑いながらそう言ってくる。
「うっ、う~ん・・・、べ、別に・・・。」
哲司は図星を指された思いだったが、意地になってか、素直に頷けない。
「そ、そうか・・・。ま、もうちょっとだから、待て。」
祖父は、哲司が意地を張ったのが分かるらしい。
「ど、どうなったら、始められるの?」
哲司がゴクリと唾を飲み込むようにして訊く。
それが分かれば、少しは落ち着くのではないかと思う。
「必要な温度に温まったらだ・・・。」
「それが150度ってこと?」
「ああ・・・、ま、そういうことだ・・・。」
「で、でも・・・。」
哲司は、温度計が付いてないのに、どうしてそれが分かるのかが不思議だった。
「あははは・・・、どうしてそれが分かるんだろうってか?」
さすがは祖父である。哲司の疑問が読めているらしい。
「う、うん・・・。」
「それはな、別に温度計で計るんじゃあないんだ。」
「だ、だったら?」
「もうちょっとしたら、実際にして見せてやるから・・・。」
「して?」
哲司は、祖父が言う意味が分からなかった。
鍋がコロコロという音を立ててくる。
先ほどの泡が弾けるような音から変化してだ。
「ん? そろそろかな?」
祖父はそう言ってから再び席を立った。
「ど、どこに行くの?」
哲司が訊く。音がし始めた鍋を残して行かれるのは不安だった。
「冷蔵庫のところへだ。すぐに戻る。」
祖父はそう言って台所へと向かう。
その間にも、コロコロという音は次第に大きくなってくる。
「じ、爺ちゃん・・・。」
哲司がそう呼びかけたとき、祖父が戻ってくる。
手に小さなコップのようなものを持っていた。
「ん? そ、それは?」
「天麩羅の衣だ。」
「それって、使うの?」
確か、天麩羅の衣は使わないと言われていたような気がする哲司だ。
「これで、油の温度を見るんだ。」
「ええっ! そ、そんなもので?」
哲司は目を丸くする。まさかと思ってだ。
(つづく)