第9章 あっと言う間のバケーション(その79)
「よし、これぐらいで良いだろう。」
祖父は、そう言って、注ぎ入れる手を止める。
哲司は、鍋の中が気になって、上から中を覗き込もうとした。
で、椅子の上で膝立ちをする。
「おいおい、気になるのか? 焦っても、すぐには熱くはならんからな。もう少し待て。
それとだな・・・。」
「ん?」
「今はまだ良いんだが、油が温まってくると跳ねる可能性もあるから、あんまり顔を近づけるなよ。火傷するぞ。」
「ええっ! や、やけど?」
「ああ・・・、150度以上になるからな。」
「ええっ! そ、そんなに?」
哲司はそう聞いて顔を鍋から離した。
150度と言われても実感は無かったが、水が100度で沸騰することは知っていたから、それ以上だと聞かされて、思わず顔を遠ざけたのだ。
「そうだ、それぐらい離れてたら大丈夫だ。
それと、いくら熱いと言っても、飛び散るのはホンの小さな玉だしな・・・。」
祖父は、脅かしが効きすぎたと思ったのか、そう言って苦笑いをする。
祖父が油の容器を片付けに行く。
どうやら、今入れた油だけで十分だと思っているらしい。
哲司は大人しく椅子に座っていた。
目の前には、既にご飯と味噌汁が並べられている。
本音を言えば、それからでも食べたいほどにお腹が空いているのだが、「自分で揚げて食べられる」という素揚げがこれから始まるのだ。
やはり、そこまではじっと待とうと我慢をしていた。
と、鍋の中から、微かにだが音が聞こえてくる。
哲司の経験だけで言えば、そう、炭酸水から泡が出てくるときのような音だった。
「ん?」
哲司はどうにも気になって仕方が無い。
鍋の中には油しか入っていない筈。その油が音を立てているとしか思えなかったからだ。
で、またまた、椅子の上で膝立ちをする。
今度は顔を近づけるのではなく、その位置を高くすることで、少し遠目から鍋の中を覗こうとしたのだ。
「ん? どうした?」
祖父が戻ってきて言う。哲司の様子を見てだ。
「な、なんか・・・、音がし始めたから・・・。」
哲司はそう言い訳をする。
「うん、コマ油が温まってきてるからだろう。でも、まだだぞ。まだ100度まで行ってない。」
「そ、そうなの?」
そう言ったものの、哲司は、どうしてその温度が測れるのかが分からない。
どうしたら、その150度になったことが分かるんだろうと思う。
(つづく)