第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その47)
「えっ!・・・と言うことは、結婚後がうまく行かなかったってことですか?
でも、ちゃんと結婚されて、そしてその子供、つまり奈菜ちゃんをお産みになったんでしょう?」
哲司は、いわゆる“出来ちゃった婚”が今に始まったことではないのだという事実、そうして生まれた奈菜という女の子が、また同じ道を歩こうとしていることに二重の驚きを感じている。
「彼の家は、代々の呉服屋でした。
ただ、彼は三男でして、店を継ぐのは長男と決まっていたそうで、それで大学を卒業してから地方銀行に勤めていたんです。
その銀行に、商業高校を出たばかりの娘が就職をしたんです。
そして、娘の指導係りとして付いたのが彼だったんです。
私の家も代々、この向かい、つまり今はコンビニとなっている場所で酒屋を営んでおりました。
小さな店でしたから、夫婦に数人の雇い人でやっていました。
ですから、子供の相手はなかなかしてやれなかったんです。
そのこともあって、娘は、サラリーマンのお嫁さんがいい、と言ってたんですが、それが仇になったようで。
まあ、娘も社会人、つまり大人の世界に憧れていたんでしょうなぁ。
毎日、それは楽しそうに通勤しておりました。
仕事にも一生懸命でした。
夜遅くまで与えられた資料などを必死で読んでいましたから。
高校時代には勉強はあまりしなかった子だったんですが。
やはり、社会人としての自覚なのかなぁ、などと、親としては喜んでおりました。
ところが、その仕事に一生懸命になるあまり、その指導を担当していた彼に近づいて行ってしまったんでしょうな。
そりゃあ、丁寧に教えてもくれるでしょう。
何度同じことを聞いても叱らないでしょう。
それが仕事だと思っていたんですからね、彼の方は。
でも、娘は、そうは思わなかった。
傍にいるだけで、胸がときめいたんでしょう。
それを恋心だと勘違いをした。
そして、男と女に・・・・。」
マスターは、ほぼ一気に、そこまでの話を哲司に聞かせた。
哲司は、言葉をかける術を知らない。
ただ、黙ってその話を聞くだけである。
「そうした娘の心の変化に気がつかなかった、いや、気がつけなかったことが、今でも悔しくてならんのです。」
マスターはそう言って、また珈琲カップを口に運んだ。
(つづく)