第9章 あっと言う間のバケーション(その77)
「よ~し! 綺麗に洗えてるな。やれば出来るんだぁ~。」
祖父は、哲司の両手を交互に見てからそう言う。
「ん?」
哲司は、祖父が言った最後の言葉が気になった。
「いやな、お母さんが、哲司は手もちゃんと洗えなくって・・・って言ってたもんだから・・・。」
「えっ! お母さんが、そんなことを?」
「ああ・・・、違うのか?」
「う、う~ん・・・。ちゃんとしてるつもりなんだけど・・・。」
「じゃあ、今と同じようにしてたのか?」
「・・・・・・。」
そう言われると自信が無い哲司である。
「まあ、良い。哲司は、自分がやる気にさえなれば、何だって出来る子だってことだ。」
「そ、そうなのかなぁ~。」
「ああ、それは爺ちゃんが保証してやる。要は、やる気の問題なんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、同じ言葉を両親から何度も聞かされた記憶があった。
そう、「やる気の問題だ」と。
それでも不思議なのだ。
両親からそう言われると、哲司の気分は必ず悪くなった。「やる気はあるんだ」と思う気持が強かったからだ。
それなのに、その同じ言葉を祖父に言われても、さほど落ち込まない。
いや、それどころか、その前段の部分があったからか、どこか褒められているようなくすぐったさがあった。
「なんだ? にやけたりして・・・。」
「ううん・・、別に・・・。にやけてなんかいないよ。」
そう言いつつも、哲司は自分の顔が綻んでいるのは意識できた。
「よし、じゃあ、晩飯にしよう。」
祖父は、そう言ったかと思うと、ガスコンロのスイッチを捻った。
青白い炎が円を描くように灯る。
「今、油を持ってくるから、哲司は、あそこに用意してある皿を持って来てくれ。」
祖父が言ってくる。
「う、うん、分かった。」
哲司は祖父が指示した方向に視線を向けて答える。
「ん? 爺ちゃん、この紙も?」
持とうとした皿の上にあった紙を見て哲司が訊く。
「ああ、それもそのままでだ。」
「う、うん・・・。」
そうは答えたものの、哲司は、どうしてそこに紙が乗せられているのか分からなかった。
それでも、その紙が飛ばないようにしながら、皿を両手に1枚ずつ運んで行く。
(つづく)