第9章 あっと言う間のバケーション(その72)
「う、うん・・・。」
哲司は、摺り足で少しずつ前に進む。
家でも、こうした手伝いはさせられた。単に、料理が乗った器を食卓へと運ぶだけなのだが・・・。
それでも、どうも勝手が違うような気がする哲司だった。
(ああっ! そ、そうなんだ!)
哲司は運びながら気が付いた。
家で手伝うのとどこかが違ってると感じたのは、その器に盛られた中身の量だ。
ご飯にしろ、味噌汁にしろ、家ではこんなに一杯には入っていない。
ご飯だって茶碗の縁から盛り上がることは無かったし、味噌汁でもお椀の半分程度にしか入っていなかった。
それなのに、ここではご飯は山盛りだし、味噌汁もすれすれ一杯まで入っている。
だから、祖父が言うように、少しでも大きく揺らせば、ご飯は兎も角として、味噌汁はこぼれてしまうことになるだろう。
(ど、どうして、こんなに一杯に入れるんだろう?)
哲司は、単純にそう思う。
それでも、何とか味噌汁も溢さずにテーブルの傍まで運べる。
それでも、問題はここからだった。
家では、哲司がお盆を使うことは無かった。いや、母親が使わせなかったのかもしれない。
料理を運ぶときには、ひとつずつ運ばされていた。
だからでもあるのだろう。持って来たお盆をどうテーブルの上に下ろしたら良いのかが分からなかったのだ。
で、結果として、その場で立ち往生する。
「ん? ど、どうした?」
祖父が訊いてくる。哲司の動きを見ていたからだろう。
「う、う~んとね・・・。」
哲司は焦っていた。だから、どう訊いたら良いのかが瞬時に出てこなかったのだ。
「あははは・・・、そ、そうか・・・。今行くから、そのままじっとしてろよ。」
さすがは祖父である。哲司が何も言えていないのに、立ち往生した理由が分かったようだった。
そして、素早く哲司の背後にやってくる。
「良いか、こういう場合はだな・・・。こうするんだ。」
祖父は、そう言ったかと思うと、背後から哲司の両肘の部分に手を添えてくる。
そして、哲司の身体ごとをテーブルの角のところへと移動させる。
「よし、ここで、哲司の身体ごとゆっくりと下げていくんだ。」
祖父は、そう言って哲司の両脇を下の方に引っ張るようにする。
「んん?」
「膝を使うんだ。少しだけしゃがむようにな・・・。」
「ああ・・・、こ、こう?」
「そ、そうだ! それで良い・・・。ほら、お盆の底がテーブルの角に乗ったろ?」
祖父がそう解説してくる。
(つづく)