第9章 あっと言う間のバケーション(その70)
「ん? 捻ったのか?」
祖父が振り返ってくる。そして、哲司の手元を遠目に見てくる。
「ううん・・・、まだ。こ、これを縦向きにすれば良いんだよね?」
哲司はその手順を確かめる。
家ではしたことがなかった。
「ああ、そうだ。動く方向に持っていけば良いんだ・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は黙ってコックを捻った。祖父の目が向いているうちにやってしまいたかった。
「よしよし、それで良いんだ。家では、それも触ったことがなかったのか?」
「う、うん・・・。」
「そ、そうか・・・。ま、だったら、これでひとつ出来ることが増えたってことだ・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、「そうだね」とは言えなかった。
こんな簡単なことなのに・・・。そう思う気持がどこかにあった。
数日前から哲司はこの祖父の家に来ている。
親戚の法事があるからという理由だったが、両親が相談をした結果、哲司も母親に連れて来られることになったのだった。
別段、その法事に出る必要はなかったようだ。
それでも、一緒に来た以上はと、その法事にも参列させられた。
母親の傍で、母親の真似をして焼香もした。数珠も持たされた。
もちろん、その意味は知らなかったし、知らなくても良いとその時は思った。
その法事が終わって、昨日、母親は哲司を残して家に戻って行った。
哲司が「ここに残って工作の宿題をする」と言ったからだった。
で、今日に繋がってくるのだが・・・。
その今日になってから、つまりは、母親と離れてから、哲司はいろんな経験をした。
その大半が初めてのことだった。もちろん、そのすべてが祖父の指示だった。
そう、「あれをしろ」「これもしろ」とだ。
で、最初のうちは、法事での焼香と同じ感覚でいた。
つまりは、「言われたとおりにしておけば良いんだ」と。
だが、こうしてほぼ丸1日を祖父とだけで過ごしてみると、どうしてか、昨日までの自分とどこかが違うような気がしてくるのだった。
そのことに気が付いたのが、祖父が何気なく言った「これでひとつ出来ることが増えたってことだ」という一言だった。
「おい、何をボケっとしてるんだ?」
祖父の声が飛んできて、哲司はふと我に返る。
「ううん、別に、何でもないよ。」
哲司は立ち上がりながら、まずはそれだけを答える。
「ご飯と味噌汁を入れたから、これをテーブルに運んでくれ。」
祖父は次々と作業をこなしていたらしく、そう言ってくる。
「う、うん・・・。分かった。」
哲司は、そう答えると共に、今日、何度となくこの言葉を口にしたことを思い出す。
(つづく)