第9章 あっと言う間のバケーション(その69)
「ああ・・・、あれだね・・・。」
哲司も言われたことは分かった。その目がガスの元コックの部分に張り付く。
そして、先ほどやった手順を頭の中で蘇らせる。
「それ、落とすなよ。」
祖父が横からそう言ってくる。
哲司が、材料が乗った器を持ったままで余所見をしたからだろう。
「う、うん、大丈夫だよ。」
哲司は意識を両手に戻して答える。
哲司はまずはその器をテーブルに運ぶ。
改めて見てみると、その中には、哲司が好んだウインナーのタコも折り重なるようにして並んでいた。
まるで集団登校をする小学生のようにだ。
祖父が言ったように、その足は4本になっていた。
「ええっと・・・、ここで良い?」
哲司がテーブルの傍でそう訊く。
「ああ、そこで良い。」
祖父がチラッと視線を向けてきて答えてくる。
「うん、じゃあ・・・。」
哲司は持って来た器をその場に残して、取って返すようにして壁際についているガス栓のところへと向かう。
忘れないうちにやってしまいたかった。
「ええっと・・・。」
そうは言ったものの、哲司の手は、いや、身体はちゃんと手順を覚えていた。
難なく元栓にゴムホースの端を差し込める。
で、クリップを移動させて、元栓のところでしっかりと止める。
先ほどの経験がそのまま役に立ったことになる。
「ねぇ~! 引っ張ってみても良い?」
哲司は台所にいる祖父に訊く。
「ん? ああ・・・、そのホースをか? 構わんよ。抜けたら困るしな・・・。」
祖父は笑顔でそう言ってくる。
どうやら、哲司がそこまでやるとは思っていなかったようだ。
「大丈夫だったよ。思いっきし引っ張っても抜けないし・・・。」
哲司は答える前に引っ張ってみていた。で、そう報告をする。
「そ、そうか・・・。じゃあな、ついでだ。その元栓のコックを捻っておいてくれ。」
「ああ・・・、これだね?」
哲司は、そうは言ったものの、自信が無いから当然のように疑問符を付ける。
「ああ、それだ」という祖父の一言が欲しかった。
ところがである。
祖父は、「当然知っているだろう」と思ったのか、哲司の疑問符には気が付かなかったらしく、何も言っては来なかった。
「ねぇ・・・。」
哲司が再度そう声を掛ける。
(つづく)