第9章 あっと言う間のバケーション(その67)
どうしてか、祖父の箸箱は開けるのも些か重たかった。それでも、何とか哲司の力でも開けられる。
「ああっっっ!!! ・・・・・・・・・。」
哲司は、それに続く言葉が出なかった。
大きい筈である。
祖父の箸箱は、2膳が入る構造となっていたのだ。
つまりは、ふたつの箸箱をくっつけたようになっていた。
もちろん、今入っているのは祖父の箸だけなのだが・・・。
「こ、これって・・・。」
哲司は、すぐに、死んだ祖母のことを思い出す。
そう、今は空いて何も入ってはいないが、以前は、そこに祖母の箸が並んで入っていたのだろう。
祖父の説明を聞かなくても、そのことだけは哲司にも感じ取れた。
「そうだ。それは夫婦用なんだ。そうして、ふたり分が寄り添うように入るようになってる。
ま、今は、婆ちゃんの箸は無いけれど・・・。」
祖父は、哲司がそうしたことに気が付いたらしいと思ったのだろう。
それ以上の説明はしてこなかった。
「へ、へぇ~・・・、そ、そうなんだ・・・。」
哲司は感慨深げに言う。
「で、でも、家では、こんな箸箱、使ってないよ。」
哲司は事実を付け加える。
「そ、そうだろうな。今は、こうした夫婦用の箸箱を使う人なんていないんだろうな。」
「ど、どうして?」
「さ、さあ・・・、どうしてなんだろうな?」
さすがの祖父も、その理由は知らないようだった。
「これって、高いの?」
哲司がとんでもないことを訊く。
高いから、家では使っていないのかと思ったのだ。
「う、う~ん・・・、工芸品として作られれば別だろうが、実用向けに作られたものだったら、それほど高いもんじゃない筈だ。
ただ、今も言ったように、こうした箸箱を使う人が極端に少なくなったから、今は、作ってないのかも知れんな・・・。」
「つ、つまりは、売ってないってこと?」
「ああ、大手のデパートか専門店に行けばあるかも知れんが・・・。
でも、どうして、そんなことを訊く?」
「う、う~ん・・・。」
哲司は、自分にもその答えが意識できていなかった。
「本当は、婆ちゃんが死んだとき、その箸箱もお棺に入れてやろうかと思ったんだが・・・。」
「ん?」
「結婚してから、ずっとその箸箱だったしな・・・。毎日のように、それを開けたり閉めたりしてたから・・・。」
「そ、そうだったんだ・・・。」
哲司は、いろんな意味で祖父の箸箱が重たく感じられる。
(つづく)