第9章 あっと言う間のバケーション(その64)
「う、うん・・・。こんなに小さいのにねぇ~・・・。」
哲司は、そう言いながら、先ほど嵌めたクリップをもう一度触ってみる。
ひょっとしたら、どこかが歪んだりはしていないかと不安になったからだった。
それだけ、相当な力で引っ張ったつもりだった。
「大丈夫だ。しっかりと嵌まってる。このクリップも、哲司と同じなんだ・・・。」
祖父は、そうした哲司の不安が分かるのか、そう言ってくる。
「ん? ぼ、僕と同じ?」
「小さいけど、凄いことが出来る。しかも、そうして突然のことにもちゃんと慌てないで自分の仕事を淡々とやり遂げる・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は言葉が無かった。
「ん? どうした? 哲司と同じだろ?」
祖父は、どうしても哲司に「うん、そうだね」と言わせたいらしい。
それが分かるだけに、哲司は口が開けないのだ。
「そのクリップは、そのガスのゴムホースを留めることにしか使われんのだ。」
哲司が黙っているからか、祖父はそうした説明を始める。
「値段も1個数十円だ。」
「そ、そうなんだ・・・。」
「で、でもな、そいつがなかったら、こうしたガス器具ってのは安全に使えない。
ホースが抜けたら、ガスが漏れて、それに気が付かないと人間が死ぬことになる。
つまりは、人間が生活をするのに無くてはならないものなんだな。」
「う、うん・・・。」
「それと同じでな。人間にもいろんな役割がある。
得意なこともあるし、苦手なこともある。
器用になんでも出来る人間もおれば、他の事は満足に出来ないのにあることだけは絶対に人に負けないっていう特技を持った人間もいる。」
「う、うん・・・。」
哲司は、祖父の言葉にスポーツ選手を思い浮かべる。
「このクリップは、ガスのホースが抜けないようにするってことでは、他の器具に絶対に負けないんだ。
つまりは、このクリップ以上の能力というか機能というか、そうしたものを持った道具ってのはないんだ。」
「う、うん・・・。」
「きっとな、哲司も、このクリップみたいに、これをやらせたら絶対に他人に負けないって能力がある筈なんだ。」
「そ、そうなのかなぁ~・・・。」
「ああ、そうだ。絶対にある筈だ。それを見つけ出すのが勉強って奴なんだ。」
「ん? べ、勉強?」
「ああ・・・、いろんなことを勉強していくうちに、ああっ!これだ!ってものが見つかるんだ。
それを見つけるのが勉強の目的だ。何も、100点を取るのが目的じゃあないんだ。」
「そ、そうなの?」
哲司は、ちょっぴり勇気が沸いてくる。
「100点を取るのが目的じゃあない」という言葉が気持の中にすとんと入ってくる。
(つづく)