第9章 あっと言う間のバケーション(その62)
「ちゃんと奥まで入れたか?」
祖父は再度言ってくる。
「う、うん、もうこれ以上は無理ってとこまで入ったよ。」
哲司は哲司でそう確信をしている。
「だったら、そのゴムホースのどこかに、クリップのような器具が付いてるだろ?
そう、洗濯バサミに似た奴だ。」
「ん? くりっぷ? ああ・・・、これのこと?」
哲司はゴムホースを挟むようにして付いていた細い金具を摘まんで訊く。
「ああ、それだそれだ・・・。それをな、今差し込んだ口のところまで移動させて、きゅっと挟んでおいてくれ。」
「あああ、わかった・・・。」
哲司も、家のガスコンロを思い出して答える。
言われている意味がよく分かったからだ。
「う、う~んと・・・。」
「少し固いだろ?」
「う、うん、なかなか動かないね。」
哲司は指先に力を入れながら言う。それでも、そのクリップは動かない。
「あっははは・・・。哲司、それじゃあ駄目だ。」
「ん? ど、どうして?」
「その上に出ている部分があるだろ? でんでん虫の角みたいに・・・。」
「んん? でんでん虫?」
哲司は、祖父のその言い方が可笑しかった。
「こ、これだ。この部分をこうしてきゅっと持つんだ。するとな・・・、ほら、簡単に動くだろ?」
祖父は口で説明できないと思ったのか、哲司の傍までやってきて、実際にそのクリップを動かして見せる。
「ああ! な、なるほど!」
哲司は、そうしたやり方を知らなかった。
「じゃあ、やってみな。」
「う、うん・・・、で、こう持つんだよね・・・。 ああっ! 動いた!」
「だろ? 見ているだけ分かったような気になるもんだが、実際にやってみるのとは随分と違うだろ?」
「う、うん・・・。」
「何でもそうだが、実際に自分の手でやってみるってことが大切なんだ。
勉強でも、単にテストの点数を取るために覚えるんじゃ駄目だ。
そうして覚えた知識を、自分の生活や仕事に生かせてこそ、本当に勉強したことが生きてくるんだからな。」
「う、うん・・・。」
「で、それが動かせるようになったら、ここのところまで移動させるんだ。」
「ここ?」
「あ、そこで良い。それをそう嵌めることで、ゴムホースがそう簡単には抜けなくなるんだ。ガス中毒は怖いからな。」
「う、うん・・・。こ、これで良いの?」
哲司は言われたところまでクリップを移動させて指を放した。
(つづく)