第9章 あっと言う間のバケーション(その61)
「そ、そうか。そうしたらな、次はゴムホースだ。
それも、そこに出してあるから、そいつを繋いでくれ。」
祖父は、またまな板を出してきて、ウインナーをその上に取り出しながら言う。
今から、その「4本足のタコ」を作ってくれるらしい。
「う、うん・・・。ああ・・・、これだね?」
「ああ、そいつだ。きっちりと奥まで差し込むんだぞ。そうでなければ、爺ちゃんとふたりガス中毒になっちまうからな。」
祖父は、手元の庖丁と哲司の顔を交互に見るようにして言う。
「う、うん、分かってる・・・。」
「家でやったことがあるのか?」
祖父がそう訊いてくる。哲司が如何にも経験があるような口ぶりをしたからだろう。
「な、ないけど・・・。」
「あははは・・・、やっぱり、ないか・・・。」
祖父は、「それはそうなんだろう」と言うように何度か頷く。
「どうしてさせないんだろうなぁ~。」
祖父は呟くように言う。まるで、自分自身に訊いているかのようにだ。
「ん? ぼ、僕だって、お手伝いぐらいはしてるよ。」
「ほう、どんな?」
「お茶碗を運んだり、お箸を並べたり・・・。」
「それは、哲司が自ら進んでか?」
「えっ! う、う~んと・・・、お、お母さんに言われてだけど・・・。」
「あははは・・・、正直でよろしい。」
祖父は、そう言って笑った。
「ええっと・・・、これって、ここに嵌めるんだよねぇ?」
哲司が大きな声で訊く。自信がなかったからだ。
家では、こうしたガスコンロの準備はすべて母親がやっていた。
哲司が傍でテレビを見ていても、決して、それを手伝えとは言ってこなかった。
だから、実際にゴムホースをガスコンロに繋ぐのは今が生まれて初めてなのだ。
それでも、哲司には「簡単なことだろう」という思いがあった。
自分でやってはいないが、何度もセットされたものは目にしていたからだ。
だから、その映像を頼りに、それと同じようになれば良いのだと多寡を括っていた。
だが、そうは思っていたものの、実際に自分がやるとなると、「本当にこれで良いのだろうか?」という疑問が沸いてくるのだった。
母親がこのゴムホースを嵌めるところを見たことがなかった。
おまけに、ちゃんとできなければガス中毒になると祖父が言うからだ。
「ああ、そうだ。そこで良いんだ。よく知ってるなあ・・・。」
祖父は意識的なのか、そう褒めてくれる。
「えへへ・・・。やっぱ、ここかぁ~・・・。」
哲司は自分で自分にテレを感じた。
で、その部分にゴムホースをきゅっと差し込む。意外に簡単に入った。
「入ったよ・・・。」
哲司は呆気ない思いで、そう報告をする。
(つづく)