第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その45)
「それについては、何度も話しました。でも・・・。」
マスターは、そこで言葉を呑む。
「それでも、奈菜ちゃんは、産んで自分で育てたいと?」
哲司が水を向ける。
しばらくはどちらも黙っている時間が出来た。
「どうして、奈菜ちゃんはそこまで拘るんでしょうね。
僕も男だから、そうした女の子の気持というものがどうなのかは分りづらいのですけれど。」
哲司は、奈菜が自分に向って「産んで、育てたい」と言ったときの顔を思い浮かべている。
「ここにいるんだ」とお腹に手を当てた姿が瞼から離れない。
ここまで言っても、マスターは、何事かを考えているようで、哲司の顔も見ないでただ黙っている。
時折、テーブルの上を、指でコンコンと突っつく音だけがする。
「今のご時世じゃ、妊娠の事実が分ってから結婚することも多いのだそうですが・・・。」
マスターがゆっくりとした口調で話し始める。
「そうですね、一般には“できちゃった婚”と呼んでいますが。」
哲司も応じる。
「奈菜もね、その“できちゃった婚”の夫婦から生まれたんですよ。」
「えっ!・・・ああ、そうだったんですか。」
「奈菜の父親には、もともと婚約者がいたんです。
親が決めていたものだったようですが。
そんな彼に、私の娘が惚れましてね。
まあ、若いもの同士のことですから、なるようになっちゃったんです。
それはいいとしても、どちらに落ち度があるというつもりはありませんが、避妊に失敗をしたようです。
その結果として、妊娠が分りました。」
「そのときの子供が、あの奈菜ちゃん?」
マスターは、黙って頷く。
「それを聞いた私は、未婚の女がなんてことを、と、すぐに堕ろすように言ったのです。
娘にも、そして、彼にも。」
「それでも、そうはされなかったんですね。」
哲司は、それだから奈菜が今生きているのだと思う。
「そのことは、奈菜も知っているんです。母親から聞いていて。」
マスターは、声を絞り出すようにそう言った。
(つづく)