第9章 あっと言う間のバケーション(その55)
哲司が住んでいるのは、大手不動産会社が開発した、言わば住宅団地の建売住宅だった。
詳しいことは知らなかったが、その団地内の家を何軒も見て回って決めたのだとは聞かされていた。
そうした団地だったからなのだろう。
近所の友達の家に行っても、そんなに雰囲気や構造が違うとは思わなかった。
もちろん、それぞれに部屋数の違いなどは多少あったのだが・・・。
「今じゃあ、ここのような家を造る人はおらんだろうな。」
祖父は、そう言って、ぐるりと室内を見回すようにする。
「ん? ど、どうして? ぼ、僕は、この爺ちゃんの家も好きだよ。」
哲司がそう反応する。
ある部分は本音で、そして、ある部分は祖父への心遣いのつもりだった。
「ただ・・・、トイレだけは好きになれないけど・・・。」
哲司は、最後にそう付け加える。
これこそ、本当にそう思うからでもある。
「あははは・・・、便所か・・・。それは、そうだろうなぁ~・・・。」
祖父は苦笑いをしてそう言ってくる。
哲司が便所、とりわけ夜に便所に行くのが嫌だったことを知っているからだろう。
「あ、あのトイレも、爺ちゃんがあそこに作れって言ったの?」
だとしたら、「どうして?」と問うつもりの哲司である。
「ああ、そ、そうだ・・・。」
「ど、どうして、こっちの母屋の中に作らなかったの?」
哲司としては当然の疑問である。
夜、トイレに行くたびに怖い思いをしなくてはいけないからだ。
「う~ん、今は、簡易水洗になっているんだが、この家を造った時代はそうじゃあなかったからなぁ~・・・。」
「ん?」
「つまりは、ポットン便所だったんだ。」
「ポットン?」
「ああ、その言葉どおりだったんだ。水で流さずに、直接肥え溜めに落としてたからな。それこそ、ポットンってな・・・。」
「・・・・・・。」
水洗トイレに慣れ親しんだ哲司には、祖父が言う「ポットン便所」がイメージできなかった。
「つまりは、大便の匂いが充満するところだったんだ。だから、この母屋から離したところに建てたんだ。
うんこの匂いがするところで、ご飯なんか食べたくは無いだろう?」
「そ、それは、そうだけれど・・・。」
「ま、今度、この家を建て替えることがあれば、哲司が言うとおりに、この母屋の中に便所も造るわな。」
祖父は、そう言ってにっこりと笑った。
「ところで、さっきのクイズの答えは出たのか?」
祖父はその解答を求めてくる。
忘れてはいなかったようだ。
(つづく)