第9章 あっと言う間のバケーション(その53)
「この家には、廊下というものがない。」
哲司に考える時間を呉れているつもりなのか、祖父はそんなことを話し始める。
「う、うん・・・。で、でも、どうして?」
言われてみると確かにそうなのだが、その廊下がない理由は分からない哲司である。
「簡単なことだ。ずばり、必要がないからだ。」
「ひ、必要がない? つまりは、要らないってこと?」
「ああ、そうだ。事実、こうしてここにいて、廊下が無いから不便だとか困るとかってのはないだろ?」
「う、う~ん・・・、そ、それは、そうだけど・・・。」
哲司も、そうは思ってはいない。
思ってはいないのだが、だったら、どうして哲司の家には廊下があるんだろう。
そんなことを考えてしまうのだ。
「あははは・・・、哲司んちには廊下があるわなぁ~・・・。」
祖父は、哲司の思いが手に取るように分かるらしい。
まるで、哲司の頭の中を透視しているかのようにだ。
「哲司の家は洋式だからだな。」
祖父はそう言ってくる。
「ええっ! う、うっそう~・・・。」
「嘘じゃあない。哲司の家は、洋式の建て方なんだ。つまりは、昔からの日本家屋の構造とは違ってるんだ。」
「どこが? どこが違うの?」
哲司は食い下がる。
どうしてなのかは自覚もないのだが、「洋式だ」と言われると抵抗を感じるのだ。
日本の家に住んでいる。そうした意識が強かったからかもしれない。
「個室が基本になっているからな。」
「個室って?」
「哲司の部屋ってのもあるだろ?」
「う、うん。」
「その部屋は、独立してるだろ?」
「ん? ど、独立って?」
「つまりはだ、他の部屋への通路にはなってないだろうってことだ・・・。」
「つ、通路?」
「この爺ちゃんの家を見てみろ。どの部屋も、他の部屋と隣り合わせだし、その境目に壁なんかないだろ?
つまりは、他の部屋に行くのに、幾つかの部屋を通るってことが可能なようになってるんだ。」
「ああ・・・、そ、そうだねぇ・・・。」
哲司は、改めてこの祖父の家の造りが自分の家とはまったく違っていることに気が付く。
「部屋そのものが、廊下の役目も果たしてるってことだ。だから、廊下は必要がないし造らない。
それが、昔からの日本の家の造り方だったんだ。
家全体をひとつの生活空間として捉えていたんだろうな。」
祖父は、哲司の顔を覗き込むようにして言ってくる。
(つづく)