第9章 あっと言う間のバケーション(その52)
「縁起が良い・・・。」
哲司は、その言葉は好きだった。
別に、宗教を信じるとかではないのだが、それでも「縁起が悪い」よりは「縁起が良い」と言われるほうが嬉しいに決まっている。
「そんな部屋で寝てるんだぞ。哲司は。
だから、きっとここにいる間に、何か良いことがあるだろうて・・・。
なっ!」
祖父は、最後の「なっ!」に力を込めた。
「う、うん、そうだと嬉しいけど・・・。」
哲司の本音である。
「で、3つ目が、これまた重要なんだ。」
祖父は、また新に指を折ってみせる。
「じゅ、重要?」
「ああ・・・、非常に実用的って言っても良い。」
「・・・・・・。」
「この部屋は縁側に面している。」
「う、うん・・・。」
「今は、風を通すために襖や障子を全部取っ払ってあるんだが、秋になって少し涼しくなってきたら、こっちとこっちには障子戸を嵌めて、こっちとこっちには襖を嵌めるんだ。
つまりは、四方を閉じることになる。」
「ああ・・・、そ、そうか・・・。だったら、寒くはないよね?」
「まあ、それはそうだが・・・。ところでだ。ここでクイズだ。」
祖父は楽しそうに言ってくる。
「ええっ! ク、クイズ?」
哲司は、勉強も苦手だったが、どちらかと言えば、クイズも苦手だった。
「そうして四方を襖や障子で閉めたら、この部屋にはどこから入るんだ?
つまりは、どこがこの部屋の出入り口になる?」
「ええっっっ! で、出入り口?」
哲司は問われている意味すら分からないぐらいだ。
哲司の家には和室もありはする。
それでも、ちゃんとしたドアがあって、そこを開けると中に畳が敷かれているというのが和室に対するイメージだった。
だから、それだと、出入り口もここだと言えるのだが・・・。
この祖父の家では、そのドアというものが殆どない。
玄関のドアと、裏庭に出るいわゆる裏口についているドアぐらいだ。
後は、家中、ドアを一切開け閉めしないでどこにでも行けるようになっている。
それなのに、突然に「この部屋の出入り口は」と訊かれても・・・。
それが哲司の本音である。
(つづく)