第9章 あっと言う間のバケーション(その50)
「ち、知恵って?」
哲司は、その言葉に興味を掻き立てられる。
祖父が「知恵」という言葉を使うときは、その後にビックリするような話が聞けたからだ。
「哲司、北はどっちだ?}
祖父がいきなり訊いてくる。
「えっ! き、きたって、あの方角の?」
「ああ、そうだ。」
「う~んと・・・。あっちの方向かな?」
「おおっ! ど、どうして、そう思うんだ?」
「こっちに縁側があるってことは、こっちからお日様が差して来るってことで、それが南でしょう? だから、北は、その反対だから、あっちかなって・・・。」
哲司にも、これだけはそこそこ自信があった。
さすがは、外で遊ぶのが大好きな男の子である。
「おおっ! だ、大正解だ。しかも、その説明もちゃんと筋が通ってる。」
「えへへへ・・・。」
哲司は嬉しくなる。
「その北って方角は、昔から上座と言ってな、偉い人が座る場所だったんだ。」
「偉い人って?」
「そうだなぁ~、お殿様とか、家で言えば、家長、つまりはその家のお父さんだな。」
「へぇ~、そうなの?」
哲司は、殿様とお父さんが並べられたのが可笑しかった。
「だからな、この部屋で言えば、あっちがその上座だ。縁側からも一番遠いからな。
つまりは、その辺りに、一番偉い人が座るんだな。」
祖父は、そう言ってある畳の真ん中を指差すようにする。
「ふ~ん、お座布団を敷いて?」
哲司は、どうしてか、座布団を連想した。
「あははは、そ、そうだな・・・。」
祖父も、可笑しそうに笑いながら答えてくる。
「で、ここからが、畳の敷き方の話になるんだが・・・。」
祖父は、一呼吸置くようにした後、そう言葉を続けてくる。
「う、うん・・・。」
哲司は、「いよいよだな」と思う。
「そのお殿様や一家の長であるお父さんが座るのにだ、例え哲司が言うように座布団を敷くとしてもだ、畳のこうした縁の上はまずかろう? やっぱりごつごつするからな。」
祖父は、そう言って足元近くの畳の縁の上を手で押さえるようにする。
「う、うん・・・。」
哲司も、それは頷ける。哲司も、畳の上に直接座るときには、そうした縁の上は避けるようにしていたからだ。
「だから、そうした上座の真ん中に畳の縁が来ないようにと考えてあるんだ。
これがひとつだ・・・。」
祖父は、そう言って手の指を1本折って見せてくる。
(つづく)