第9章 あっと言う間のバケーション(その40)
「昔は、爺ちゃんの家でも餅をついていたんだが・・・。」
祖父は、遠い記憶を引っ張り出すように言う。
「ええっ! ほ、ほんとに?」
哲司がそう反応する。
テレビか何かで餅つきの映像を見たことがあったが、それは特殊なところの話だろうと漠然と思っていたからだ。
「ああ・・・、そうだなぁ~・・・。哲司のお母さんが小学校を卒業する頃まではやっていたかなぁ~・・・。」
「じゃ、じゃあ・・・、お母さんもお餅ついたりしたの?」
哲司は、ちょっぴり羨ましく思う。
「いや、つくのは男の仕事だ。女は、そのついた餅を千切って丸める役をするんだ。」
「ど、どうして? 力が要るから?」
哲司は、祖父が言った「男の仕事、女の仕事」の理屈が分からない。
学校では、男でも女でも「何でも同じなんですよ」と教えられている。
事実、掃除当番も給食当番も、男女の区別は無い。
誰しもが順番にその仕事をやらされる。
哲司は、掃除当番は兎も角として、給食当番は嫌いだった。
1度当番に当たると、その週はずっとそれをやることになっていた。
苦痛だった。
パンを1個ずつ配ったり、スープをひとり分ずつカップに入れたりと・・・。
しかも、頭には頭巾、顔にはマスク、そして身体にはエプロンをつけなければいけない。
「どうして女のようなことをしなくっちゃ行けないんだ?」
そうした思いがずっとあった。
それなのに、祖父はそうした「男の仕事、女の仕事」と明確に分けて言う。
それが理想だと思うから、その理屈を是非とも聞いておきたかったのだ。
「ま、単純に言えば、そう言うことなんだろうな。杵って、相当に重たいものだからなぁ~。」
祖父は両手で杵を振り下ろす仕草をしてみせる。
「キネって? あの、金槌のでっかい奴のこと?」
哲司は、祖父の仕草からそう想像をする。
テレビで見た、あの振り下ろす道具なんだろうと・・・。
「あははは・・・、金槌のでっかい奴は良かったなぁ~、まあ、そうだ。
しかも、あれが重たい分、コシのある美味い餅がつけるんだからな。」
「そ、そうなんだ・・・。」
「だから、そんなことを女にさせるわけにはいかんだろ? 女は、腰が大切だからな。」
「ん?」
哲司は、祖父のその最後の言葉に疑問を持った。
どうして、女だけなのか・・・と。
「それは、赤ん坊を産むからだ。丈夫な赤ん坊を産むためには、女は腰が弱くっちゃあ駄目なんだ。哲司も、そのことは良く覚えておくんだぞ。
それが、母体保護にも繋がるし、男らしさにも繋がるからな。」
さすがは祖父である。哲司の疑問を読み取って説明してくる。
(つづく)