第9章 あっと言う間のバケーション(その39)
「う~ん・・・、どうしてだと思う?」
哲司が訊いているのに、祖父はそれを逆手に取ってくる。
「う~んと・・・、分かんないよ。」
哲司は素直に言う。分からないから訊いている。
「それはな、非常食だ。」
「ん? ヒジョウ食って?」
哲司は、食べるものであることだけが分かる。
「非常食ってのは、簡単に言えば、何か災害があったときのために備蓄しておく食べ物のことだ。
地震とか、水害とか、台風とか・・・だな。
非常というのは、常にはないということだ。非常口の非常と同じ字を書く。」
「ビーチクって?」
「あははは・・・、ビーチクじゃあなくって、備蓄だ。つまりは、置いておく、保存しておくってことだ。」
「ああ・・・、そういうこと?」
哲司は、一旦はそれで納得をする。分かったつもりになったからだ。
「で、でも・・・、どうしてそれがここにあるの? 地震が起きるってこと?」
で、また改めて訊く。肝心な部分が分っていないと気が付いたからだ。
「う~ん・・・、ま、そうしたこともあるが・・・。爺ちゃんの場合は、また、別の非常も考えてな。」
祖父は野菜を切り終わったらしく、使ったまな板を洗いながら答えてくる。
「別のって?」
哲司はその意味が分からない。
「爺ちゃんは、ここにひとりで暮らしてるだろ?」
「う、うん・・・。」
「て、ことはだ、例えば風邪を引いたりして熱が出たときなんかは、外に出られんだろ?」
「う、うん・・・、そ、そうだね・・・。」
「て、ことはだ、野菜を採ってきたり、魚を獲りに行ったり出来んだろ?」
「う、うん・・・。」
「つまりは、食うものが無いってことになる。」
「・・・・・・。」
哲司は、もう返事も出来なかった。
「そんなときに、その餅が大いに役立つんだ。」
「その時に食べるの?」
「ああ・・・、そうだ。焼いても良いし、味噌汁の中に入れて一炊きすれば食べられる。
何しろ、それ1個で、茶碗1杯分のご飯以上のエネルギーが得られるんだからな。」
「ええっ! そ、そうなの? す、凄いんだぁ~・・・。」
哲司は、日頃何気なくスーパーの店頭などで見ていたパック餅を見直した気分だ。
「それに、そうした餅は、パックされてるだろ? だから、日持ちがするんだ。そのパックを開けない限り、1年以上も置いておけるんだ。カビも生えないし、腐りもしない。」
「へぇ~・・・、そ、そうなんだ・・・。」
ますます餅の凄さを思い知る。
今までは、正月に食べるものという印象しかなかったのにだ・・・。
(つづく)