第9章 あっと言う間のバケーション(その38)
「おお、それだそれだ・・・。」
祖父が頷いてくる。
「で、でも、あんまり入ってないよ。」
哲司がそう言う。持った感じが非常に軽かったこともある。
「う~ん・・・、ふたり分だと、丁度良いぐらいの量だろう。
哲司の家じゃあ、衣はたっぷり付いてるのか?」
「う~ん・・・、どうなんだろう? 分かんない・・・。」
「爺ちゃんは、素揚げの方が好きだから、あんまり天麩羅粉ってのは使わないんだ。
後片付けも楽だしな・・・。」
「ん? “スアゲ”って?」
哲司は、素揚げを知らなかった。
「んん? 食べたことないのか?」
「酢ダコってのは食べたことあるけど・・・。」
哲司は、言葉の響きが似ていたから、そう答える。
「あっはっはっはっ・・・。そうか、酢蛸は食ったことがあるのか。どうだ? 美味かったか?」
「う~ん、酸っぱかった。」
「それは酢を使ってるからなぁ~。
でもな、残念ながら、それとはまったく違うものだ。
天麩羅は、天麩羅粉を付けて揚げるだろ?」
「う、うん・・・。」
だから、戸棚から出してきたんだと哲司は思う。
「素揚げってのは、そうした粉、つまりは衣を何も付けないで揚げたものだ。」
「お、美味しいの?」
「ああ・・・、少なくとも爺ちゃんは好きだ。
衣を使わないから、素材の味がそのまま素直に表れるからな。」
「だ、だったら・・・、僕も、そのスアゲにする。」
哲司は思わずそう言った。
祖父が好きだと言うのだから、きっと美味しいのだろうと思った。
それに、初めて食べるからという興味もあった。
「そうか、そうか・・・。だったら、そうしようか。」
祖父は、どうしてか嬉しそうにそう言った。
「じゃ、じゃあ・・・、これ、要らないんだよね?」
哲司は、今取り出してきた天麩羅粉の袋を見せて言う。
祖父が、粉は付けないのだと言ったからだ。
「おお、じゃあ、すまんが元あったところに戻しておいてくれ。」
「う、うん。分かった・・・。」
哲司は、先ほどの戸棚の下を開けて、天麩羅粉の袋を戻した。
「ねぇ・・・。」
今度は哲司が口を開く。
「ん? 何だ?」
「どうして、お正月でもないのに、お餅がここにあるの?」
さっきから気になっていたことである。
(つづく)