第9章 あっと言う間のバケーション(その36)
「・・・・・・。」
哲司は言葉が見つからない。
確かに、祖父が言うのが正論なのだろう。それは分かる。
それでもだ。哲司が自分ひとりじゃあ、とても宿題の全部をするってことは出来ないのもこれまた事実だ。
「テストじゃあ点数が取れないんだから、せめて宿題ぐらいは何とか全部やらないと・・・。」
そうした母親の意見に従う形で、結果として「じゃあ、手伝って・・・」となる。
それが今までのパターンである。
「哲司は、最初から“とても出来そうにない”って思ってないか?」
祖父は、洗った野菜を庖丁で切りながら言ってくる。
「う、う~ん・・・。」
本音は、「そうだね」である。
それでも、祖父の前でそれは言えない。
「哲司が、爺ちゃんが竹細工を作っているのを見て、宿題の工作で作りたいからと言ってきたときから、そんな感じがしてたんだ。
あわよくば、爺ちゃんが作った竹細工をひとつ貰えないだろうか、ってな。」
「そ、そんなこと・・・。」
哲司が抵抗する。そこまでは思ってはいなかったからだ。
確かに、祖父に手伝ってもらえれば竹細工が作れるだろう、とは思った。
だからこそ、ここに残る決心をしたのだ。
その他の宿題は、殆ど母親の協力が得られる。
国語、算数、理科、社会・・・。
だが、毎年、「これだけは自分で何とかしなさいよ、お母さんは作れないから・・・」と言われるのが工作だった。
女子は、裁縫でアップリケや簡単な刺繍などを作る子が多いが、さすがに哲司は男の子である。そんなマネは出来ない。
「哲司が女の子だったら良かったのにね」と母親は苦笑する。
そうした悩みが解消されるのだ。ここで、竹細工が作れれば・・・。
それが、哲司の本音だった。
「それが分かったから、爺ちゃん、じゃあここに残るかと訊いたんだ。
お母さんが傍にいると、きっと、哲司は甘えてしまうだろうって・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、そうかもしれないと思った。
「で、安易な考え方で竹細工を作りたいと言ったのであれば、きっと“じゃあ、やめとく”って言うんじゃないかって思ったからな。」
「た、試したの?」
哲司はそうなのだろうと思いつつも訊く。
「ああ・・・、試したさ。あわよくば、爺ちゃんの竹細工をひとつ貰えればって考えてたとしたら、そうは行かないからな。
爺ちゃんが作る竹細工は、そんな安物じゃあないからな・・・。」
祖父は、そう言って、まな板の上で人参をぐさりと切った。
(つづく)