第9章 あっと言う間のバケーション(その24)
「う~ん・・・。」
哲司は、母親のことを思い出す。結構太っているからだ。
いや、本当に「太っている」のかどうかは哲司には分からない。
ただ、本人が「太ったわ、ダイエットしなくっちゃ」と口癖のように言うものだから、それを聞かされている哲司が単純に「ああ、そうなのか」と思っているだけかもしれない。
それでも、同じものを食べている筈の父親はスリムだ。
いや、ガリガリに近いと言っても言い過ぎではない。
その比較においては、やはり母親は太っている。
「哲司のお母さんも、子供の頃はもっともっとスタイルが良かったんだが・・・。
お、おっと・・・、これ、お母さんには内緒だぞ。」
祖父は、そう言って笑った。
「う、うん・・・。」
哲司はそう言って苦笑いをする。
もちろん、そんなこと、母親に向かって言える筈も無い。
言えば、「哲司が勉強してくれないから、そのストレスで太るのよ」と言い返されるからだ。
「だから、我慢をするという自制心と、感謝をする気持が大切なんだ・・・。」
祖父は、言い方を変えてくる。
「ジセイシン?」
「そうだ。自分を制御、コントロールする強い気持だ。
誰だって、いろんな欲がある。食べたい、遊びたい、楽しみたい・・・ってな。」
「う、うん。」
「でもな、何でもがそう上手くは行かないだろう?」
「う、うん・・・。」
「人間が生きていくうえでは、いろんな嫌なことが起きてくる。な、そうだろ?」
祖父は、まるで詰将棋でもするかのように、1手1手詰めてくる。
「う、うん、そうだね。」
哲司にも、それ以外の答え方がない。
「だったら、哲司にとって、今、一番嫌なことは何だ?」
「ん? 一番嫌なこと?」
哲司は、そう訊かれて頭の中を探しに行く。そう、ウロウロとだ。
何しろ、そんな訊き方をされたのは初めてだった。
普通、そんなことは訊かない。
「何がしたい?」「何が食べたい?」「どこに行きたい?」とは訊かれても、逆の、言わば「避けたい」ことを訊かれることはない。
「何がしたくない?」「何が食べたくない?」「どこに行きたくない?」
そう訊かれても、直ぐには答えられないだろう。
「宿題かなぁ?」
哲司は、ようやくその答えを引っ張り出してくる。今、一番プレッシャーを感じているものだからだ。
何とも、正直な答えではある。
「あっははは・・・。そ、そうか・・・。宿題かぁ~。」
祖父は意外だったようで、笑いながら何度か頷いてみせる。
それでも、哲司はどうしてか、このままでは済まないだろうと覚悟をする。
(つづく)