第9章 あっと言う間のバケーション(その23)
「人間、欲張っちゃあ駄目だ。なっ、そうだろ?」
祖父がそう言ってくる。哲司に「うん」と言わせたいらしい。
「う、う~ん・・・、そ、そうだけど・・・。」
哲司は、まだカレーライスにも未練が残っている。
「食べりゃあ良いってもんではないんだ。
好物、つまりは好きなものだからと言って、必要以上に食べると豚みたいになってしまう。
そういう点、今の人間は節操が無くなったぁ~・・・。」
祖父は、どうしてか首を傾げるようにして言ってくる。
「セ、セッソウって?」
哲司が問う。初めて聞く言葉だった。
「う~ん・・・、そうだなぁ~・・・。」
珍しく、祖父が考え込む。
それほどに難しい言葉なんだと哲司は思った。
「ま、哲司に分かり易く言えば、“人として踏み外しちゃあいけない範囲”ってことかな?
で、“節操がない”ってのは、それを踏み外してるってことだ。
つまりは、それだけ我侭、自分勝手になってるってことだ。」
「わがままか・・・。」
哲司がそう確認する。
哲司も、両親に何度となく言われた言葉である。
「わがままを言って・・・」とか「わがままを言うな・・・」って。
「そうだ。食べたいものを食べて何が悪いって考え方だな。」
「そ、それも?」
「ああ、もちろんだ。だから、ライスカレーは明日だと言ってるんだ。
今日、食べる必要はないだろ? ちゃんと、天麩羅をつくるって言ってるんだからな。」
「・・・・・・。」
哲司は、グウの音も出ない。
「動物の方がよっぽど賢い。」
祖父は、再び土間の方に降りていきながら言ってくる。
「動物って?」
哲司も同じようにツッカケに足を入れて訊く。
「ライオンは狩をするだろ?」
「う、うん・・・。」
「でもな、それは生きるためにだ。生きるための最低限の動物を襲って食べてるんだ。
獲物が沢山いるからって、食べられそうもない数の動物を殺したりは絶対にしない。
今日の分は今日。明日の分は、また明日狩をする。
そうして、毎日を生きてるんだ。それが、ライオンの百獣の王としての節操なんだろう。」
「な、なるほど・・・。」
「それに引替え、今の人間は、食べたいだけ食べるようになった。
それも、必要以上にな。だから、ブクブク太ってくる。」
祖父は、誰に向かってなのか、怒ったような口調で言う。
(つづく)