第9章 あっと言う間のバケーション(その18)
「気持を込める・・・。」
哲司は呟くように繰り返す。
忘れないように、自分に言い聞かせるという意味もある。
「ああ・・・、何でもそうだが、気持が籠もってなければ、幾らやりましたと言っても、それは形だけになる。
やって貰った方も、口では“ありがとう”とは言うだろうが、本当に心から感謝することは無い。
やる側に心がなければ、してもらう側にそれが伝わる筈もないだろ?」
「う、うん・・・。そ、そうだね・・・。」
哲司も、祖父の言っている意味は何となく分かる。
「誰かのために、誰かが喜んでくれるようにって・・・。
それが、本来の“仕事をする”ってことだ。
お金がもらえるから働くってのは、それは本当の仕事とは言えん。
誰のためにって、結局は自分の為にだろ?」
「ん? お金を貰うって、駄目なの?」
哲司も、さすがにその部分については抵抗があった。
だから、そう問い返す。
その脳裏には、父親が出勤していく後ろ姿があった。
「いや、駄目だとは言ってない。
誰かのために、引いては家族や地域のため、さらには社会全体のため・・・。
つまりは、誰かの役に立つってことが第一なんだ。
その結果として、お金、つまりはお給料が付いてくる。」
「・・・・・・。」
哲司には、どうしても同じことのように思える。
「言い換えれば、働くってことの目的がお金では駄目ってことだ。
誰かの役に立つ、社会の役に立つ。
それがまず第一に来なくっては・・・。
お金が得られるのであれば、何だってする。
そう言ってしまえば、それは泥棒や強盗と同じだろ?」
「う、う~ん・・・、それは、そうだけど・・・。」
哲司は、まだもうひとつ飲み込めない。
泥棒や強盗はしてはいけないことだとは思うのだが・・・。
「だったら、哲司は、大人になったら、どんな仕事をしたいんだ?」
祖父は、哲司の様子をじっと見ていたかと思うと、突然のようにそう訊いて来る。
「う、う~ん・・・。まだ、わかんない。」
哲司はそう答える。
それは、決して嘘ではなかった。
学校の作文で、何度か「将来なりたいもの」というタイトルで書かされたが、その都度、適当に書いていた。
それを読んだ母親が、「一体何になりたいの?」と問い詰めてくる有様だった。
それほどまでに、時々によってその思いが変わっていた。
野球選手、宇宙飛行士、サッカー選手、消防士・・・。
それぞれに、そう思ったキッカケがあったのだが、やはり勉強が苦手で運動は得意という哲司の特徴をよく表したものだった。
それでも、父親のように、普通のサラリーマンになろうとは一度も考えたことが無かった。
(つづく)