第9章 あっと言う間のバケーション(その15)
「人間には、誰にでも役割ってのがあるんだ。」
洗い場にお釜を置いた祖父が振り返ってきて言う。
「お手伝いをしろってこと?」
哲司は、祖父の後を追うように動きながら訊き返す。
そうだという気持と、いや、そうじゃあないという気持が交錯している。
「いや、そうじゃあない。」
祖父は、一旦はそこで言葉を区切る。
「・・・・・・。」
哲司は、祖父の背後に立つようにして、それに続く言葉を待つ。
必ず、祖父は言葉を続けてくる筈だとの思いがあったからだ。
「お手伝いってのは、あくまでも補助だろ? つまりは、手助けだ。そうだな?」
祖父は、その最後の部分で哲司を振り返ってくる。
そこに哲司がいることが分っていてのことだろう。
「う、うん・・・。」
哲司がそう答える。祖父の気迫に押された感もある。
「そうではなくって、仏様へのご飯のお供えは、哲司の役割、哲司の仕事にしようって言ってるんだ。」
「ぼ、僕の仕事?」
「ああ、そうだ。哲司の仕事だ。
今日から、哲司は爺ちゃんちに遊びに来た“お客様”じゃあない。
短い期間かも知れんが、爺ちゃんと一緒に住むんだ、ここで生活するんだ。
つまりは、夏休みだけの家族になるんだ。
な、そうだろ?」
「・・・・・・。」
哲司は答えられない。
それは、どう答えて良いのか分からなかったからだ。
「家族ってのは、力をあわせて仲良く生活をするんだ。
哲司の家でもそうだったろ?」
「・・・・・・。」
ますます、哲司は答えられなくなる。
両親との生活をそのように考えたことが無かったからでもある。
「家族には、それぞれに役割・仕事ってのがある。
もちろん、大人も子供もだ。
それを、それぞれがちゃんと果たせないと、家族全員が困ることになる。
つまりは、仕事ってのは、自分だけの問題じゃあないってことだ。」
「・・・・・・。」
「哲司、“仕事”っていう漢字は習ったんだろ?」
「う、うん・・・。」
哲司はいきなりの言葉に、背筋がしゃきっと伸びる。
今にも、祖父に「書いてみろ」と言われそうな気がしたからだ。
「仕事ってのは、“仕える事”って書く。こうだな。」
予想に反して、祖父が掌にその字を書いてみせた。
(つづく)