第9章 あっと言う間のバケーション(その14)
「婆ちゃん、美味しかったって言ってなかったか?」
戻ってきた哲司に祖父が言う。
「えっ! う、う~ん・・・、言ってたような言って無かったような・・・。」
哲司は、正直、答えに窮した。
科学的に考えれば、そんな声が聞こえる筈もないからだ。
それなのに、そう思うのに、祖父の顔を見るとそうは言えなかった。
で、あたかも祖母の声がそう聞こえたように含みを持たせた。
「あははは・・・。そうか、言ってたような言って無かったような・・・か・・・。」
祖父は、それでも何やら感心したような顔をする。
褒めているのではないが、かと言って、「そうじゃないだろ」と頭っから否定する風でもない。
「そのうちに、哲司にも、婆ちゃんの声が聞こえるようになるだろう・・・。」
「ええっっっ! そ、そうなの?」
哲司は、そうしたことがあるのかもしれないと、ふと思う。
で、言葉を付け加える。
「だ、だったら良いんだけれど・・・。」
世の中には、「テレパシー」という言葉がある。
日本語で言えばどうなるのかまでは知らなかったが、哲司はそれがまったくの非科学だとは思えていなかった。
そう、頭のどこかにその存在を信じる部分があったのだ。
漫画やテレビの影響があったのかもしれない。
子供向けの番組だと、テレパシーで会話したり、何とか光線というもので悪者を倒す場面が繰り返されていたからだ。
もちろん、哲司は、そうした漫画や俗に言うピーロー物は、テレビ局などによって作られたもので現実ではないことぐらいは分かっていた。
そう、サンタクロースが、実は自分の両親であるという事実と同じようにだ。
それでもだ。やはり、子供心に、サンタクロースはいて欲しいと思うものだし、テレパシーだって、使えたらどんなにか便利だろうと思うのだ。
それだけ、現実と夢が頭の中で入り混じる、何とも微妙な年代でもある。
「だったら、こうしよう。」
祖父がおひつを所定の場所に戻しながら言ってくる。
「ん?」
「これから、毎日ご飯を炊くことになる。しかも、お釜でな。」
「う、うん・・・。」
哲司は、どうしてそんな話をされているのかが分からない。
「それでだ。仏様へのご飯のお供えは、哲司がやることにしよう。
婆ちゃんもそうだし、他のご先祖様も、きっとその方が喜ばれるだろう。」
「ぼ、僕が?」
「ああ、簡単なことだろ? 今だって、ちゃんとやれてた。
仏飯器へのご飯のよそい方は明日教えるから・・・。」
祖父は、そう言って空になったお釜を洗い場へと運んでいく。
(つづく)