第9章 あっと言う間のバケーション(その13)
「洗えたら、そこに掛かっている布巾で拭いてくれ。
水気が残らないようにな。」
祖父の指示が背後から次々と飛んでくる。
まるで、哲司の作業の進捗状況が分かっているかのようにだ。
「う、うん・・・、分かった。」
哲司はそれだけを答える。
「拭けたよ。ほら・・・。」
哲司は祖父のところへ仏飯器を持って行って、そう報告する。
「おお・・・、だったら、お仏壇のところへ持って行ってくれ。」
祖父は、哲司が持って行った仏飯器にちらっと視線を走らせただけでそう言う。
ちゃんと出来ているって認めてくれたようだ。
「うん。行ってくる。」
哲司はまた急ぎ足で仏壇のある部屋へと急ぎ足で行く。
どうしてか、にっこりする。
祖父は、どちらかと言えば、哲司にとってやや怖い存在だった。
優しく接してくれた祖母と違って、どこかキツイところがあった。
だからかもしれない。
哲司は、祖父に何かを言われることに慄くところがあった。
それなのにだ。
この夏休み。たまたまこの近くにある親戚の家で法事があった。
哲司の母親もそれに出席することになって、で、哲司も一緒に連れて来られた。
学校も休みだし、父親は仕事があるから、昼間哲司をひとりにすることになるからというのがその理由だった。
で、哲司も、その法事が終われば、当然に母親と一緒に家に帰るものと考えていた。
自分の希望とかとかではなく、連れて来られたのと同様に、連れて帰られるものと、そう考えていたのだ。
それなのに、どういうことか、哲司ひとりがここに残ることになった。
その主たる理由は、いや大義名分は、「工作の宿題をここで作らせて貰おう」というものだった。
以前ならば、そうした発想は絶対に沸いて来なかった。
ちょっとおっかない祖父とふたりっきりになるのだ。
考えただけでも身震いをした。
それなのに、そうだったのに、今回は少し違っていた。
どうしてなのかは、哲司にも自覚が無い。
で、実質的に、今日がその初日である。
当然にだが、不安だらけだった。
自宅を離れ、なおかつ母親からも離れる。そうした経験が今までに無かったからだ。
それでも、この仏飯器の件があって、哲司は「残って良かった」と思えてきたのだ。
だからこその、「にっこり」である。
(つづく)