第9章 あっと言う間のバケーション(その12)
これで3度目だ。
哲司は、座布団の上に座って、鐘を「チ~ン」と鳴らしてから両手を合わせる。
そして、頭をちょっと下げる。
た、確か・・・、こうするんだって教えてくれたのは、死んだ祖母だったように思えてくる。
で、立ち上がってから、仏飯器を手に取る。まだ随分と温かい。
そして、それを持って、また祖父の元へと戻る。
「落としてはいけない」と、来るときよりもゆっくりとだ。
「貰ってきた・・・。」
哲司は祖父にそう報告をする。
祖父が言った「下げる」という言葉に、どうしてか抵抗があった。
だから、使えない。
「おぅ、ご苦労さん。」
祖父はそう言って哲司から仏飯器を受け取ると、何を思ったか、おひつのご飯の上にそれを空けた。
「ん?」
哲司は、そうする意味が分からない。
「これは、“お下がり”と言ってな、その日炊いたご飯をまずは仏様に召し上がっていただいてから、そして、それから我々が食べるんだが、こうして仏様の息がかかったご飯を食べると、心が綺麗になって、生きる力が増すんだ。
言わば、仏様パワーをお裾分けしてもらえるんだ・・・。」
「だ、だから、おひつに入れるの?」
「ああ・・・、これで哲司も、宿題なんかあっと言う間にできるようになるだろうて・・・。」
祖父は、そう言ってにっこりと笑った。
「そ、それでな・・・。」
祖父は、おひとつの中をしゃもじで掻き混ぜるようにしながら言ってくる。
「ん?」
「この仏飯器、そこで洗ってから、お仏壇のところにお返しをしておいてくれ。」
「わ、分かった。」
哲司は、祖父から渡された仏飯器ひとつをもって洗い場へと行く。
そして、哲司のために祖父が置いていてくれた小さ目の踏み台の上に乗って水道の蛇口を捻った。
「丁寧にな・・・。」
祖父の声が背後から飛んでくる。
「う、うん・・・。」
哲司がそう答える。
だが、よくよく考えれば、炊き立てのご飯を一旦は入れたものの、僅か数分でそれをおひつに空けたのだ。
つまりは、この仏飯器の使用時間は、それこそ「あっと言う間」だ。
それほど汚れている筈も無い。
それでも、哲司は、その小さくて細い指を器用に使って、仏飯器の隅々までを洗う。
(つづく)