第9章 あっと言う間のバケーション(その11)
「お婆ちゃんが、あそこにいるんだってこと?」
哲司が再度確認するように訊く。
たった今、その前に行って、仏飯器をそっと置いてきたばかりだ。
「そうだなぁ~・・・、お仏壇にもいるし、お墓にもいる。」
祖父は、少しだけ首を傾げるようにして言う。
「んん? ど、どっちにもいるの?」
哲司は、とっさに忍者漫画で見た分身の術を思い浮かべる。
「ああ・・・、そこだけじゃあない・・・。
哲司が学校に行ってたらその教室にもいるし、どこかで悪戯をしているときには、その真後ろにだっている。」
「えっ! ほ、ほんと?」
哲司は冷や汗が出る思いだ。
「“あの世”にいる人ってのは、空気や風と同じなんだ。
“この世”の人間には見えない。それでも、ちゃんとそこにいる。」
「・・・・・・。」
「哲司にも、空気や風は見えないだろ?」
「う、うん・・・。」
「それでも、ちゃんと感じられるだろ?」
「そ、そうだね・・・。」
「それと同じなんだ。
そこにあるって感じられる。そこにいるって感じられる。
それだけでありがたいもんだろ?」
「う・・・、うん・・・。」
「少なくとも、爺ちゃんには、そこやここに婆ちゃんがいるのが感じられるんだ。
だから・・・、だから・・・。」
「ん?」
「爺ちゃん、ここから離れたくないんだ・・・。」
「・・・・・・。」
「おお・・・、そうだ。哲司、さっきの仏飯器を下げてきてくれ。」
暫くの間があって、祖父は思い出したように言う。
お釜のご飯を殆どおひつに移し終わっていた。
「ん? 下げるって?」
哲司が祖父の顔を見上げるようにして訊く。意味が分からなかった。
「こっちに持ってきてくれってことだ。」
「えっ! も、もう、持ってくるの?」
哲司は、そうする意味が分からない。ついさっきお供えしに行ったばかりだ。
「仏様は、ご飯から上がる湯気をお食べになるんだ。
もう食べ終わってるよ。」
「そ、そうなの・・・。じゃ、じゃあ・・・、行って来る。」
「ああ・・・、頼む。」
哲司がまたまた急ぎ足で仏壇のところへと行く。
(つづく)