第9章 あっと言う間のバケーション(その10)
「ん? ああ・・・、そうか・・・。」
祖父は、何をどう受け止めたのか、そう言いはしたものの、哲司の疑問にすぐに答えてくれる様子は見せない。
「ね、ねぇ~・・・。」
哲司が珍しく食い下がる。どうしても、今の質問に答えが欲しかった。
「哲司は、“あの世”って、信じるか? あると思うか?」
祖父が逆に質問してくる。
お釜からご飯をおひつに移しながらだ。大きなしゃもじを使っている。
「あ、あのよって?」
哲司は、そう問い返す。「あの世」という言葉があるのは知っていた。
「一般的には、死んだ人が行くと言われている世界だ。」
「う~ん・・・。」
哲司は考え込む。
本音を言えば、「分からない」だ。
それでも、そう言ってしまえば、祖父はこの話を続けてくれない。
そんな気がした。だから、中途半端な受け答えとなる。
「爺ちゃんは、あるって思ってるんだ。いや、そう信じてるんだ。
でなければ、婆ちゃんと会えなくなるだろ?」
「ん? お婆ちゃんに会うって?」
哲司は、言われた意味が分からなかった。
祖母は、数年前に死んでいる。
「だって、そうだろ?
いずれ、爺ちゃんも死ぬ。そうしたら、“あの世”に行くんだ。」
「そ、そんなぁ~・・・。」
哲司がそう言う。
“あの世”がどうこうと言うより、祖父が死ぬってことが嫌だった。
そうした思いでの「そんなぁ~」である。
「もしだ、今言ってる“あの世”ってのが無いんだとしたら、爺ちゃん、死んでも婆ちゃんに会えないってことになる。そうだろ?
“あの世”ってところがちゃんとあって、死んだ人が皆そこにいるんだとしたら、爺ちゃん、死んで“あの世”に行ったら、そこで婆ちゃんに会うことが出来るってことだからな。」
「・・・・・・。」
哲司は、何も言えなかった。
「今は、爺ちゃんが“この世”にいて、婆ちゃんが“あの世”にいるから、直接的には顔をあわせたり、手を握り合ったりは出来ん。
それでもな、気持っていうのか、婆ちゃんに対する思いっていうのか、そうしたものはちゃんと伝えられるんだ。」
「ん?」
哲司は、「どんなふうにして?」という言葉を飲み込んだ。
「それが、あのお仏壇なんだ・・・。」
祖父は、そう言って、見えはしないのだが、仏壇が置いてある部屋の方向を細い目で見る。
(つづく)