第9章 あっと言う間のバケーション(その9)
「・・・・・・。」
哲司は、黙ってじっと祖父の手先を見詰めていた。
「よし、これで良いだろう。じゃあな、哲司、これをそろっと持って行って、仏様にお供えしてきてくれ。」
祖父は、そう言って、ご飯をまるく積み上げたように入れてある仏飯器を哲司に渡してくる。
「お、おそなえって・・・。ど、どうしたら良いの?」
哲司が確認する。知らなかったからだ。
「いやぁ~、簡単なことだ。これが置いてあったところに置いて、さっきみたいに手を合わせてきてくれればそれで良いんだ。僕と爺ちゃんで炊きましたってな。
難しくはないだろ?」
祖父は、にっこりと笑いながら言って来る。
「う、うん・・・、分かった・・・。」
哲司がまた急ぎ足で行こうとする。
「ゆっくりと行け。落っことしたりしたら駄目だからな。」
祖父がそう注意してくる。
「う、うん・・・。」
哲司は、両手で仏飯器を持って、それこそ、そろりと畳みの上を擦るようにして行く。
どうしてか、少し緊張する。
再び仏壇の前まで来る。
今度は、立ったままで、まずは持って来た仏飯器を置くところを目で確認する。
「あったところに置けば良い」と言われていたからだ。
「こ、ここだったよな・・・。」
哲司は、自分自身にそう問い掛けるように言ってから、それでも、ちゃんとその位置に
仏飯器をそっと置く。
で、先ほどと同じように、小さな鐘をチ~ンとひとつ鳴らしてから両手を合わせる。
「ええっと・・・、お爺ちゃんと僕が一緒に炊いたご飯です。」
祖父に教えられた台詞を思い出しながら言う。
そこには誰もいないのだが、それだけに少し照れくさい。
だからでもないのだが、それが済むと哲司は取って返すようにして祖父のところへと急ぐ。
もう仏飯器は置いてきたから、多少は急ぎ足でも構わないと思う。
「ちゃ、ちゃんと置いてきたよ。」
哲司は大役を果たしたようにそう報告する。
「そっか、お婆ちゃんも喜んでいるだろう。」
「えっ! お婆ちゃん? お婆ちゃんって・・・、お墓にいるんじゃないの?」
哲司はそう信じていたから、今の祖父の言葉には驚きがあった。
(つづく)