第9章 あっと言う間のバケーション(その8)
「良いから、お仏壇の前に行ってみな。そうすれば、きっと分かる。」
祖父は、苦笑いをしながら言って来る。
「う、うん・・・。分かった・・・。」
哲司は、そう言うが早いか、居間とそれに続く和室とを抜けて、仏壇の置かれていた部屋へと急ぎ足で行く。
「家の中では走るな!」 祖父にそう厳命されていたからだ。
で、仏壇の前に到着する。
と、不思議なもので、哲司は、祖父から言われたものを探す前に、その仏壇の前に置かれていた座布団の上にちょこんと座り込んだ。もちろん正座である。
そして、何も考えないのに、備え付けてある小さな鐘をチ~ンと鳴らしてから、両手を合わせて頭を下げる。
つまりは、形だけになるのだが、明らかに仏壇に向かって拝んだのである。
もちろん、哲司には宗教という概念はない。
で、こうして仏壇を拝むその意味もよくは分っていない。
それでも、ここに来ると、自然とそうした動作をするようになっていた。
特に誰から言われたから・・というものでもない。
そうしておいてから、おもむろに仏壇の周囲を目で探す。
「ええっと・・・、金色の・・・、小さい優勝カップみたいなもの・・・。」
そう呟きながらである。
「ああっっっ・・・、こ、これだぁ~!」
哲司はその形状から、これに違いないと思うものを見つける。
(んんん? こ、これって・・・、一体何?)
それを手にしたものの、哲司にはその用途がまったく分からなかった。
「これで良いの?」
哲司は、それを握り締めるようにして祖父の元へと戻る。
これまた急ぎ足でだ。
「おお、それだ、それで良い・・・。でも、哲司は賢いなぁ~。」
祖父が哲司の手元をチラッと見てそう言ってくる。
「ん?」
褒められているらしいのだが、哲司にはそうした自覚が無かった。
「いやな、お仏壇に手を合わせたろ?」
「ああ・・・。」
「爺ちゃんがいちいち言わなくっても、哲司はちゃんと出来るんだって・・・。」
「み、見てたの?」
「いや、チ~ンって音が聞こえたからな。」
「そ、そっか・・・。」
哲司は、どうしてか、少し照れくささを覚えた。
「貸してみな。これが仏飯器って言われるものでな、こうしてここにご飯を入れて仏様にお供えするんだ。」
そう言って、祖父は器用にその小さな器に炊き立てのご飯を入れる。
(つづく)