第9章 あっと言う間のバケーション(その6)
そうしたことが何度かあって、哲司もひとりでトイレに行けるようになる。
怖いのは依然として変わらないのだが、行き帰りに思いっきり走ることで、その恐怖心を薄めていた。
程なくして、裏庭から祖父の下駄の音が戻ってくるのが聞こえる。
「よ~し、行こう。」
哲司はそう言って椅子から降りる。
で、転げるようにして土間へと行く。
そこで、祖父を待ち受けていたかった。
「もう良いだろう。」
祖父は、まっすぐに竈のところと向かってくる。
もちろん、その傍には哲司がいる。
「哲司、そこの木箱をここへ持って来い。」
祖父は、何を思ったか、哲司に向かってそう言ってくる。
土間の入り口近くにおいてあった木箱を指差してだ。
「ん? わ、分かった・・・。」
哲司は、その理由はまったく分からなかったが、それでも祖父の指示には従うことにする。
パタパタパタと行って、その木箱を両手で持ち上げようとした。
「持てないぞ。だから、引きずって来い。」
祖父が見もしないで言う。そうなるであろうことが事前に分かっていたのだろう。
「う、うん・・・。」
哲司は、そう言って、今度は両手で木箱の端を持って引きずり出す。
結構重たい物だった。横に貼ってあったラベルには、「津軽、りんご」と書かれてあった。
どうやら、りんごが入っていた箱らしい。さすがにどっしりとしている。
「ここに置け。」
祖父は、竈のすぐ横を指差して言う。
哲司は黙って指定された位置に木箱を置いた。
まさか、この木箱にご飯を入れることも無いだろうと思いつつだ。
「よ~し! じゃあ、この上に乗ってみな。」
祖父は、哲司が登りやすいようにと、片手を貸してくれる。
「よいしょっ!」と掛け声を掛けて、哲司がその木箱の上に立つ。
30センチか40センチだけ登っただけだったが、哲司にとってはまったく周囲の景色が違って見えた。
「良いか、今から、お釜の蓋を取るからな。中のご飯がどうなっているか、よ~く見るんだぞ。」
「う、うん、分かった。」
哲司は元気な声でそう応える。ワクワクする気持が抑えられないのだ。
「良いか、開けるぞ・・・。」
「う、うん・・・。」
(つづく)