第9話 あっと言う間のバケーション(その5)
「ん? もう、行くの?」
哲司が思わず腰を浮かせながら訊く。
まだ10分は経っていないと思うからだ。
「いや・・・、ションベンだ・・・。爺ちゃんぐらいになると、どうも近くなってな・・・。」
祖父は苦笑いをしながら言ってくる。
「あはっ! そ、そっか・・・。」
哲司も苦笑いをする。とんだ早合点だったからだ。
「そうか、哲司もお釜のご飯のこと、気にしてくれてるんだ?」
「そ、そうだよ・・・。だって、お爺ちゃんと一緒にだけど、僕も手伝ったんだし・・・。」
哲司はやや早口で言う。恥ずかしさがある時の癖でもある。
「そうかそうか・・・。じゃあ、爺ちゃんが便所から戻って来る頃を見計らって、土間に降りておいてくれ。」
「う、うん・・・、分かった。」
哲司は、どこかワクワクする気持があってそう答える。
祖父が裏庭へと出て行く。その先に便所があるからだ。
実は、哲司はこの祖父の家で苦手なことがたったひとつだけあった。
それが、その便所、つまりはトイレである。
昼間はそうでもない。わざわざ下駄か何かを履かなければならないと言う不便さはあっても、まるでキャンプ場か海水浴場のトイレのような感じで使えるからだ。
問題は夜なのだ。
何しろ、真っ暗な裏庭を通っていくのだ。やはり、怖かった。
もっと小さい頃は、母親か誰かに付いて行って貰っていた。
そうでもしなければ、トイレに行けなかった。
それでも、哲司も小学校3年になったのだ。
今回は、さすがに母親に言い出せなかった。
周囲に親戚のおばちゃんたちがいたこともあった。
で、何とかひとりで行こうとした。
その時だった。
哲司が裏庭に出ようと下駄に足を突っ込みかけていると、後から祖父がやってきて、「おう、哲司もションベンか?」と声を掛けてくれた。
それも一度や二度ではなかった。
そして、祖父と一緒に母屋から少し離れたトイレに行く。
で、祖父は、哲司に先に用を足させた。
そして言う。「先に帰れ」と。
「どうして?」と訊くと、「爺ちゃんはウンコしてから戻るから・・・」と言うのだ。
哲司は、最初は祖父が出てくるのを待った。
ひとりで真っ暗な裏庭を行く気になれなかった。
ところがだ。トイレの中から祖父の声がした。
「哲司、いつまでそこに突っ立っているつもりだ。良いから、先に戻れ!」
その一言で、哲司は真っ暗な裏庭を一気に駆け抜けた。
そう、祖父の言葉に弾かれたようにだ。
(つづく)