第9章 あっと言う間のバケーション(その4)
「蒸らすんだ。お釜の中でな。」
祖父は、ようやっとちゃんとした説明をする気になってくれたらしい。
口調でそれと分かる。
「そ、そうすると、どうなるの?」
哲司は、「蒸らす」という言葉で、蒸しパンを思い出す。
何度か、3時のおやつに出てきた。
「そ、そうだなぁ~、お肌がつるつるになって、ご飯粒がピカピカ光るようになる。
で、ぐっと甘味が増してくる。」
「つ、つまりは、美味しくなるってこと?」
「ああ、そうだ。だから言ってるだろ? ご飯粒がお化粧するんだって・・・。」
「・・・・・・。」
祖父はまたまた笑顔になってそう言い、哲司は「ふ~ん」と感心した顔になる。
「お風呂と一緒だ。」
「お、お風呂と?」
「哲司だって、お風呂に入って出てくれば、つるつるの肌になってるだろ?」
「う、う~ん・・・、そ、そうなのかなぁ~。」
哲司はそうした自覚は無かった。
それでも、確かに風呂上りは誰しもの顔がつやつやしていたのは分かっている。
「風呂に入るってのは、湯に浸かるってこともあるんだが、風呂場一杯のあの湯気の中にいるってことが重要なんだ。
そうすることで、一段と肌の艶が良くなるんだからな。」
「ふ~ん・・・。」
それでも、哲司にはその感覚は理解できなかった。
「さっき、米は、人間で言えば生まれたての赤ん坊だって言ったろ?」
祖父が話を戻してくる。
「ああ・・・、うん・・・。」
哲司も思い出す。
「それが、やがては、ああして美味しいご飯になる。」
「う、うん・・・。」
「だから、もちろんその米自体の出来栄えってのもあるんだが、それをご飯にまで育ててやるのが人間の役目なんだ。」
「や、役目?」
「そうだ。役目、つまりは責任だ。」
「せ、責任・・・。」
哲司は、どうしてそんな重たい言葉が出てくるのか不思議だった。
「ん? だって、そうだろ?」
祖父は、時間が気になるのか、時計の方をチラッと見た。
10分はあのままに・・・って言ってたから、その時間を気にしているのだろう。
「米は、人間に食べてもらうために、ああして真っ白に精米されて来るんだ。
肥料や家畜の餌にするんだったら、そこまではしない。」
祖父は、そう言ったかと思うと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
(つづく)