第9章 あっと言う間のバケーション(その3)
「そうだ、米は人間で言えば、生まれたての赤ん坊なんだ。」
祖父は、開けていたお釜の蓋を再び閉めながら言ってくる。
「ん? ん?」
哲司は耳と目で同時に疑問を感じる。
ひとつは、祖父が言った「米は赤ん坊と同じだ」ということであり、もうひとつは、「どうしてお釜の蓋を閉めたのか?」である。
「ほい、ここはもう良いから、台所に戻れ。」
祖父は、何を思ったのか、哲司の尻を追うようにして台所へと押し上げる。
「ご飯、あのままで良いの?」
哲司は、まずはその疑問から片付けようとする。
折角美味しく炊けたのに、祖父はお釜をほったらかしにしたままだ。
どうして、ご飯をおひつに移さない?
「ああ・・・、もう少しあのままにしておくんだ。
ご飯粒がお化粧するからな。」
「お、お化粧?」
「ああ、そうだ。べっぴんさんになるだろうて・・・。」
「・・・・・・?」
祖父は時計にチラッと視線を向けてから、また、先ほど座っていた食卓の椅子に座る。
「ご飯がお化粧するの?」
哲司は、「それはあり得ない」と思って訊く。
それでも、敢えてそう訊くのは、祖父がどう説明するかが聞きたいからだ。
またまた、哲司が驚くような話をしてくれるに違いない。
「そうだ。お化粧するんだ。哲司のお母さんもしてるだろ?」
祖父は、掌で自分の頬を軽く叩くようにして言ってくる。
「う、う~ん・・・、それはそうだけれど・・・。」
哲司は、苛立ってくる。
まさか、母親の化粧の話しが出てくるとは思っていなかったからだ。
もちろん、その化粧と同じだとは思っていない。
「今、味見をしたとおり、ご飯はちゃんと炊けてる。」
「で、でしょう? だ、だったら・・・。」
「今から10分ほどは、決して中を覗いたら駄目なんだ。
つまりは、お釜の蓋は絶対に取らない。」
「ど、どうして?」
「だから、ご飯粒がお化粧をするからだ。
哲司のお母さんだって、お化粧中は“見ないで!”って言うだろ?」
祖父はニコニコしながら続けてくる。
どうやら、こうした会話を楽しんでいるようだ。
「う~ん・・・、そうは、言われるけど・・・。」
哲司は、不貞腐れたような顔で言う。
それでも、頭の中では、ご飯粒が化粧台に座って顔をパタパタ叩いている絵を思い浮かべている。
(つづく)