第9章 あっと言う間のバケーション(その1)
●読者の皆様へ
本当にお久しぶりでございます。
ほぼ3ヶ月振りの更新です。
実は、この小説の骨子を書き留めてあったPCがダウンしてしまいまして・・・。
2ヵ月半も入院を致しておりました。
このたび、何とか退院をしてまいりましたので、ウォーミングアップを兼ねつつ、
本日よりまた連載を致します。
丁度新たな章に入る予定でしたから・・・。
「第9章」本日からスタートです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
「哲司、ちょっとこっちに来い。」
祖父がお釜の蓋を取って言う。
「ん? な、な~に?」
哲司は、しゃがみ込んでいた火消壷の傍で立ち上がる。
もちろん、蓋は元のようにしてからだ。
「口を開けろ。」
「ん? こ、こう?」
哲司は、まるで餌をねだる雛鳥のように大きく口を開ける。
「ああ・・・、それで、目を瞑れ。」
「ん? 分かった。」
哲司は言われるとおりにする。
これも考えれば面白いことではある。
今、祖父が言った言葉を学校のクラスの誰かが言ってきたのだとしたら、哲司は絶対に口も開けないし、目も瞑らない。
どうしてか? それは、言わずと知れた悪戯をされるからだ。
何か変なものを口に入れられる。
それなのに、こうして祖父に言われると、素直に口も開けるし目も瞑れる。
やはり、祖父に対する絶対な信頼があるからだろう。
「ほ、ほら、食ってみろ。」
その言葉が終わるか終わらないうちに、哲司の口の中に何やら柔らかな感触のものが入れられる。
しかも、ごつごつとした祖父の指先でだ。
舌がそれを感じる。
「ん?」
「ど、どうだ?」
「ああっっっ! こ、これって・・・。」
「そうだ。今、炊き上がったばっかしのご飯だ。」
「お、おいしいっ!」
哲司は、舌の上でご飯粒を転がすようにしてから、そう叫んだ。
何とも甘味のあるご飯粒だった。
たった数粒だけなのに、口の中には唾というか涎というか、そうしたものが一杯湧き出てくる。
「そ、そうか・・・。それは良かった。
それが、爺ちゃんと哲司がふたりで炊いた初めてのご飯の味だ。」
「う、う~ん・・・。」
哲司は言葉が出なかった。
口の中の、ご飯の余韻に浸っている。
「もう目を開けてもいいぞ。いつまで瞑ってるんだ?」
祖父は面白そうに言ってくる。
「う、うん・・・、わ、分かってる・・・。」
哲司は、目を開けたくはなかった。
目を開けると、この美味しさがどこかに消えてしまいそうで、惜しくなったのだ。
(つづく)