第8章 命が宿るプレゼント(その144)
「う、うん・・・。そ、そうだねぇ・・・。」
哲司もその点は大いに納得が出来る。
「哲司は、スタートダッシュ派か? それとも、追い抜き派なのか?」
祖父が、哲司の気持をくすぐるようにして言ってくる。
「ぼ、僕は・・・、追い抜くのが好きかな?」
哲司は、意識して「得意」という言葉を使わなかった。
なんか、自慢しているようで恥ずかしかったからだ。
そう言えば、哲司は最初のランナーになったことは無かった。
どうしてなのかは分からなかったが、先生が順番を決めてきたのを見ると、哲司は結構終盤に走ることが多かった。
それでも、最後の走者、つまりはアンカーになることも無かった。
「そ、そうか・・・。つまりは、勝負どころを任せられてたんだな?」
「ん? 勝負どころって?」
「つまりは、全体の流れから言って、より重要度の高い順番をってことだ。
それだけ、皆から信頼をされてたってことだ。」
「そ、そうなのかなぁ・・・?」
哲司は、嬉しくて仕方がなかったが、それでもそれを押し殺すような顔でそう言った。
ここら辺りが、どうにも不思議なのだ。
哲司は、勉強は苦手だ。
その一方で、身体を動かすことは大の得意である。
従って、学校行事の中では運動会が一番好きだった。
ワクワクしたものだ。
で、その結果、1等を取ると、それこそ鬼の首でも取ったような気分になる。
当然に、周囲の眼も変わるし、「哲ちゃん、すごいねぇ」と感嘆される
日頃、勉強をしていく中で感じたストレスを一気に発散できた。
鼻が高くなるし、家に帰っても、この時だけは「今日はね、こうこうだったよ」と詳細に報告をする。
つまりは、自慢をするのだ。
「これだけ出来たぞ!」と。
ところがだ。
こうして、祖父の家に来て、祖父とふたりっきりで話していると、どうにもその自慢が出てこないのだ。
いや、自慢しようと思わないのだ。
その理由が哲司にも分からない。
「もう、そろそろだな。」
祖父が耳を澄ませるようにして言ってくる。
「ん?」
哲司が見たときには、既に祖父は椅子から立ち上がっていた。
そして、台所の方へと歩いていく。
「美味く炊けたかな?」
祖父の声が楽しげに響いた。
(つづく)