第8章 命が宿るプレゼント(その135)
「爺ちゃんはな、哲司の家に行く事だけじゃあない・・・。
旅行そのものがあんまし好きじゃないんだな。」
祖父は、そう補足してくる。
哲司への配慮なのかもしれない。
「えっ! 旅行が嫌いなの? 温泉とかでも?」
哲司が問い返す。
旅行が嫌いな人って、そんなにはいないように思えたからだ。
哲司だって、「どこかに出かける」と言われれば、それは嬉しかった。
例え、それがどんなところでもだ。
知らない場所、行ったことの無い場所、そうした場所への興味もあったし、何より毎日同じ事の繰り返しである日常から一時でも離れられることが嬉しかった。
不思議な事に、そうした旅行の間は、日頃口うるさい両親も、その口数がめっきり減るからだ。
「旅行が嫌いというより、きっと、この家を離れることが嫌なんだろうな。
だから、何度も呼んで呉れてるのに、なかなか哲司の家にも行けてない。」
祖父は、そう言い方を変えてくる。
「そ、そうなんだ・・・。」
哲司は、何となく納得をする。
そして、改めてだだっ広い家の中を見渡すようにする。
確かに、この家にはドアが無い。
そう、哲司の家では見慣れているドアというものがまったく無い。
今は夏場だからそうした間仕切りもされてはいないが、冬でも、襖や障子という敷居の上を滑らせる薄い間仕切りがあるだけだ。
もちろん、鍵が付いているようなものは無い。
つまりは、密閉された空間というものが無いのだ。
哲司は、こうして祖父とそんな話をするまでは、家の構造の違いというものには気が付かなかった。
どこの友達の家に行っても、それはすべて哲司の家とは違った雰囲気があった。
友達の顔が皆それぞれに違うようにだ。
この祖父の家も、それと同じだと思っていた。
それでも、今、改めてその違いを強く意識する。
そう、単に、雰囲気が違うだけではなかったのだ。
「この家を離れたくはない。」
そう言った祖父の心境が、何となくだが分かるような気がしてくる。
「おおっ! お釜が呼んどる。」
祖父が急に椅子を立った。
「ん? だ、誰が呼んでるって?」
哲司は慌てる。
祖父の言葉を聞き間違えたのだ。
(つづく)