第8章 命が宿るプレゼント(その110)
「じ、自分だけの?」
哲司はその一言に反応する。
「そう・・・、自分だけのな・・・。」
祖父は否定をしなかった。
それでも、哲司が期待したその意味の解説は付いてこなかった。
「言葉は、やり取りするからこそコミュニケーションが図れるんだ。
独り言では、何も伝わらない。」
「・・・・・・。」
それはそうだと、哲司も思う。
「つまりは、言葉はキャッチボールのボールなんだ。」
「キャッチボール?」
哲司は、それをしている自分を思い浮かべる。
学校の校庭や、近所の公園でだ。
「そうだろ?
何かを言うから、それに対して何かを返してくれるんだ。
相手にボールを投げて、それを投げ返してもらうことから始まるんだ。」
「う、うん・・・。」
哲司も、改めてそのことを意識しつつ返事をする。
つまりは、言葉を投げ返したつもりだ。
「そのキャッチボールをするとき、哲司は、どこに向かって投げるんだ?」
祖父は、ボールを投げる仕草をしながら訊いてくる。
「ん? どこって・・・、それは、相手の胸にじゃないの?」
哲司は、誰かに教えてもらったキャッチボールの基本を思い出して答える。
誰に教えてもらったのかは既に記憶に無い。
「そうだよな。それが正しい投げ方だ。」
「う、うん。」
哲司はほっとする。
「ところがだ。
最近のテレビ、いや、テレビだけじゃない。世の中全部なんだが・・・。
相手の胸を目掛けて投げるべきボールなのに、とんでもないところへ投げる傾向がある。」
「ん? 暴投ってこと?」
「そ、そうだなぁ・・・、哲司、上手いことを言う。そのとおりだ。まさに暴投だな。」
「うふっ! ・・・。」
哲司はにっこりする。
「ボールならば、その相手も“下手くそ、ちゃんと投げろよ”とかなんとか言っても、そのボールを拾いに行ってくれるんだが、これが言葉のキャッチボールだと、そうは行かなくなる。
その相手も拾いに行ってくれなくなるからな。」
「?」
「言葉は、拾えないもんだ。そのことを忘れてしまってるんだな、きっと。」
祖父は、また木の枝をかまどの焚き口に突っ込みながら言って来る。
(つづく)