第8章 命が宿るプレゼント(その85)
哲司も、悪知恵は働く方だった。
もちろん、そうした自覚があったわけではない。
ただ、何か窮地に陥ったとき、兎も角はその窮地から脱しようともがいてみせる。
その結果、浅はかではあるが、そのための知恵が思い浮かぶ事があった。
それをとっさに実行しただけだ。
それでも、哲司は、それは誰しもがやることで、僕だけが特別なんじゃない。
そうした自己弁護の気持も強かった。
ただ、そうして無理矢理に搾り出した悪知恵というものは、いずれは、と言うより、その直後にばれてしまうものだ。
その場しのぎで言い逃れて、ずっとそれが表面化しなかったことは一度も無い。
逆に言えば、だからこそ、そうなるのが分かっているからこそ、その場しのぎの言動に走るのだろうと思う。
その点が、やはり子供なのだ。
そして、それがあの“サザエさん”に登場するカツオ君とも共鳴する要素なのかもしれない。
「その漫画、見せて貰ったことが無いのか?」
少しの間があってから、祖父が訊いて来る。
「ん? そ、そのお母さんが持っていた本のこと?」
哲司も、一旦は別のところに頭が行っていたから、改めてそう確認をする。
「ああ・・・。」
「う、うん・・・。見たことは無い。」
哲司は本当のことを言う。
そうした記憶はなかった。
見せてもらっておれば、きっと、はっきりと印象に残っていた筈だろうと思う。
少なくとも、哲司の好きな漫画の本である。
「そ、そうか・・・。」
祖父は首を傾げるようにして言う。
信じられないとでも思っているようだ。
「捨てちゃったんじゃない?」
哲司は、単純にそう思って言った。
そうとしか考えようが無いからでもある。
「そ、そんな・・・。」
祖父は頭を大きく左右に振る。
それは無いと言っているようだ。
「お母さんの本棚にも、そんな漫画並んでいなかったよ。」
哲司は家で見た母親の本棚を思い浮かべて言う。
母親も結構読書家らしく、いろんな本が本棚に乗っていた。
料理の本もあれば、子育てに関する本もあった。
中には「こうすれば子供は賢く育つ」などというタイトルの本もあった。
もちろん、哲司はそこに並んでいる本を手にしたことは無い。
いずれも、哲司の興味を引くようなものではなかったからだ。
そこに“サザエさん”の本があれば、嫌でも目が行った筈だ。
(つづく)