第8章 命が宿るプレゼント(その79)
「そうだ。人の価値、つまりは、値打だな。」
祖父は、どうしてか、その言葉を繰り返してくる。
「今、哲司は、こうして米の研ぎ方を勉強している。
そして、これから米の炊き方も勉強する。
でもな、それを哲司が覚えるだけじゃ何にもならない。」
「ど、どうして?」
哲司は、こうして覚えることを無駄のように言われたと感じて訊く。
「ご飯を旨く炊くってことは、それを誰かに食べてもらうから価値があるんだ。
哲司のお母さんだって、美味しいご飯をお父さんや哲司に食べてもらいたいと思うから懸命にそうしたことを覚えたんだ。
何も、学校のテストに出るからじゃあない。
な、そうだろ?」
「う、う~ん・・・、そ、そうだね・・・。」
「だからな、今の哲司に、こうした米の研ぎ方やご飯の炊き方を教えるのが適当なのかどうかは爺ちゃんにも分からない。
でもな、折角哲司が丸子ちゃんのために握り飯を毎日届けるって言ったんだから、それをこうして米を研ぐところから自分で出来れば、その言い出した気持がもっと相手に伝わるだろうと思ってな。」
「・・・・・・。」
「だから、教えているんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は何と言って良いのか分からないから黙ってしまう。
「もう、降りて良いぞ。少し時間があるからな。」
祖父は、哲司がまだ踏み台の上に乗っているのを見て言ってくる。
「う、うん・・・。」
哲司は踏み台から降りたものの、その下の台の部分に腰を下ろす。
まだ何かを聞き足りていないような感覚があったからだ。
「今の子は、皆、スケールが小さくなってる。」
祖父は手を拭きながら言う。
「ん? スケールって?」
「う~ん・・・、こじんまりとしてしまっている。
つまりはその子らしさを失ってるってことだ。
皆、友達と同じようにって気にしている。
違うか?」
祖父は、キッチンの端においてあった折り畳み椅子を持ってくる。
「う~ん・・・。」
哲司は答えようが無い。
「別な言い方をすれば、個性が無い。
皆と同じようにしてないと駄目だって教えられているのかなぁ・・・。」
祖父は、哲司の顔を覗き込むようにして言う。
「そ、そうでもないけど・・・。」
哲司はそう言ったものの、明確にそう思っている訳ではなかった。
(つづく)