第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その30)
「そんなことはありませんが・・・・。」
哲司がそう答えたのは、マスターが言った「他の男の子供を妊娠した孫娘のことは好きになれませんか?」との問いかけに対する回答である。
「でしたら、兎も角も一度付き合ってみてやってください。お願いします。」
マスターはまた頭を下げた。
「で、でも、・・・その、付き合うっていうのは、具体的には?」
哲司は、自分の思い込みだけで勝手に解釈して行動すると、後から何かを言われるのではないか、との不安がある。
同じ年代の人間と話をしているのだったら、「付き合って欲しい」だけでその意味は十分に分る。
だが、そう言っているのは戦前生まれのおじいさんである。
哲司の解釈を理解して言っているとはとても思えない。
だからこその、変な質問である。
「具体的には?って、・・・それは、お任せしますよ。
こちらからお願いをしているのですし、こうでなければ、というようなことはありません。
ご自由に、思われるとおりで結構です。」
マスターは、何かの契約書の説明をするような言い方をする。
「本当ですか?」
「はい。」
2人の会話がそこで止まってしまう。
哲司は、これ以上の詰め方を知らない。
「じゃあ、奈菜をこっちに呼んできたら?」
マスターは、傍に控えていた店長にそのように指示する。
こと、この件については、店長よりもマスターのほうが発言権があるようだ。
「うん。じゃあ、僕が店に戻って、あの子にここに来るように言うよ。」
店長はそう言って席を立つ。
窓側に座っていたことから、後からその横に座ったマスターが一度席を立って道を開けた。
急ぎ足で喫茶店を出て、向いのコンビニに走っていく店長の姿が窓から見える。
「あいつも頼りにならん奴で。困ったもんですわ。」
同じように視線を向けていたマスターがポツリと呟いた。
哲司は、今の話を聞いた奈菜がどのような反応を示すのかに関心があった。
だから、窓から、向いの店の中を凝視する。
レジのところにいた奈菜をつかまえて、店長が何事かを言っている。
それに対して、奈菜が一言二言、何かを言ったようだ。
いずれも声も聞こえないのだから、その内容は分らないのだが、その最後の方で、奈菜が顔の中央で両手を拝むように合わせたのが印象的である。
奈菜がコンビニの店から出てくる。
道を通過する自転車を1台見送ってから、これまた急ぎ足で渡ってくるのが見えた。
(つづく)