第1章 携帯で見つけたバイト(その7)
「じゃあ、これから担当割を言うから、よく聞いて。」
先頭の位置に戻った責任者が名簿らしきものを見ながら大きな声で言う。
「はいはい、そんなに大きな声を出しゃ、よく聞かんでも耳に入るぜ。」
哲司は悪態をついた。もちろん、聞こえないような小さな声である。
「松戸さんと小川君はエレベーター担当で、山田君と巽君は室内担当。それから、遅れてくる匠は、積み込み担当。」
淡々と担当割を指示しているように聞こえるのだが、聞いていた哲司には大きな「?」マークがついた。
「ん?・・・・・今の、言い方、なんか変だぞ。」
それもその筈である。
明らかに、相手を見て、その呼び方を変えているのだ。
自分より年上だと思われる男、つまりあの30ぐらいだと思える男には松戸さんと「さん付け」で呼んで、その他は「君付け」だ。そして極めつけは遅刻をしてくる男を呼び捨てにしたのだ。
一瞬の事だったから、他の連中が気がついたのかどうかは分らない。
第一、そんな事はどうでもよかった。気がつこうが、気がつくまいが。
だが、明日からもこの現場責任者と一緒だと思うと「なんか嫌な奴」という印象が強くなる哲司である。
「ということはだ、俺は室内担当?
一体どんな事をするんだ?
おまけに、このシカト系オタクのような奴と一緒かい?」
哲司は山田という男の対応が気に食わない。
同じような匂いがするくせに「お前とは違う」と言われているような気がするのだ。
「まあ、2人だけでするんじゃないようだからいいけれど。
もし、こいつとペア組まされるような事があったら、俺は絶対にお断りだぜ。」
このように考えると、どうしても「今日の結果次第だな」と思ってしまう。
今日やってみて、嫌だったら、また別のバイトを探せばいいと思う。
何となく、このバイトを好きになれそうにない。
いつの間にか、現場責任者の直ぐ脇に、2人の若い男が並ぶようにして立っていた。
制服の上下に会社のマークが入った帽子を被っているから、こいつらはこの運送屋の社員なのだろう。
「改めて自己紹介をしておく。
私は、この引越し作業を統括する現場責任者の及川だ。
今日一日、よろしく頼む。」
両足を少し開いた状態で、片手を腰に当てたままで言う。
まさに軍隊での挨拶に近い。
少なくとも、哲司にはそう映った。
「それから、こっちがエレベーター担当の責任者をやる近藤主任。
そして、そっちが室内担当の香川主任だ。」
先頭のところに立った現場責任者の及川がその2人を紹介する。
「これから、担当別にミーティングをするから、それぞれ主任の指示に従って欲しい。
以上だ。」
及川は、それだけを言って、両手でポンと1回だけ手を打った。
いよいよ作業が始まるようである。
(つづく)