第8章 命が宿るプレゼント(その36)
「そうだなぁ、分かり易く言えば、トマトがシャツを着込んだってことかな?」
祖父は笑いながら言う。
「えっ! しゃ、シャツ?」
「ああ・・・、つまりはだ、トマトが裸じゃなくなったってことだ。」
「は、裸?」
哲司は、まるで漫才でも聞いているような感じになる。
「冷蔵庫の中ってのは寒いだろ?」
「う、うん・・・。」
「だから、トマトが堪らなくなってシャツを着たんだ。」
「ん?」
哲司は、何となくだが言われている意味が分かりかけてくる。
「だ、だから、こんなに硬いの?」
「そうか・・・、硬いって感じるか・・・。」
「う、うん・・・。朝に食べたトマトとそこが違うような・・・。
もっと、柔らかかったような・・・。
で、噛んだら、中からあの酸っぱさがジュワ~って・・・。
それがあんまり無いような・・・。」
「おう、よ~く気が付いたな。
つまりはだ、冷蔵庫に入れるとそれだけ冷えはするんだが、それがトマト本来の美味しさを消してしまったってことだろうな。」
「だ、だから、井戸水で冷やしてたの?」
「おう、そうだ。そのとおりだ。
あの井戸水だと、トマトもシャツを着たりはしないですむ。
だから、あの本来の味が口の中で広がるんだな。」
「そ、そっかぁ・・・。」
「別に冷蔵庫が悪いとは言わない。
ただ、それが自然なことだと思うのは間違ってる。」
祖父はプチトマトが乗っていた器を引き取るようにして言う。
「自然な事?」
「ああ、つまりは、それを使うのが当然だと思うことがだ。
昔はそんなものはなかったんだ。
爺ちゃんが子供の時には、そんなもの、ひとつも無かったんだ。
それでも爺ちゃんは今までちゃんと生きてきた。」
「・・・・・・。」
「冷蔵庫が出来てまだ40年ほどだ。
逆に言えば、それまでの人間は、そんなものがなくってもちゃんと生活をしてきた。
そりゃあな、哲司が生まれたときには、冷蔵庫もカラーテレビも洗濯機もあっただろうし、それが当然、つまりはあって当たり前だと思うのは致し方ない。
でもな、それらはすべて電気で動くもんだろ?
つまりは、電気が止まれば、何の役にも立ちゃあしない。」
「な、なるほど・・・。」
哲司は頷くしかない。
「誰かが言ってたよな? “冷蔵庫、電気入れなきゃただの箱”ってな・・・。」
祖父は、面白そうに言って来る。
(つづく)