第8章 命が宿るプレゼント(その28)
「この行水の良さは、こうして自然の中で裸になれるってことかもしれんな。」
祖父は、タライの中の湯に手を突っ込んできて言う。
「ここらじゃあ、今でこそ小学校にも中学校にもプールはあるが、お母さんが子供の頃はそんなものもなかったしなぁ・・・。」
「じゃ、じゃあ、どこで水泳をやってたの?」
哲司はまだ飛び起きるようにして訊く。
母親が水泳が得意だったことを思い出してもいる。
「川だ。」
「川?」
「ああ・・・、小学校から歩いて20分ぐらいのところに、大きな橋が架かっててな。
その下辺りで泳いでた。
もちろん、学校の授業もそこでやってたんだ。」
「えっ! 川で水泳の授業をやってたってこと?」
「ああ、そうだ。もちろん、爺ちゃんが子供の頃も、そこで泳いでたな。
で、泳ぎを覚えた。
昔は、泳ぐってのは、道を歩くのと同じで、子供のうちに皆自然と覚えたもんだ。
いちいち学校で教えなくってもな。」
「へぇ~、だったら、泳げない子なんていなかったの?」
「ああ、そうだな、いなかったなあ・・・。
皆、小学校に上がるまでに泳げるようになってたからなぁ・・・。」
「そ、そんなに小さい頃から?」
「ああ、少し大きな子がそうした小さい子に泳ぎを教えてた。
いや、そんな大袈裟な事じゃなくって、一緒に遊んでいるうちに、自然と身体が覚えるようになるんだな。」
「泳ぎも?」
「ああ・・・、そうだ。
だから、哲司のお母さんだって、近所のお姉ちゃんたちと遊んでいるうちに、いつの間にか川で泳いでた。
もちろん、素モグリだってやってたな。」
「す、素もぐり?」
「今の子は、なかなか水の中で目が開けられんそうだが、昔の子はそんなことはなかった。
遊びの中で、そうした水との付き合い方を覚えたんだな。」
「・・・・・・。」
「水は、怖いものでもある。
泳げなければ溺れる事もあるからな。
それに、水害ってのもあった。
大雨が続いたりすると、川の水が溢れ出すってこともあったし・・・。」
「う、うん・・・、それはそうだよね。」
「そうしたことを、こうした田舎じゃあ、自分の肌で感じながら大きくなるからな。
だから、水の大切さも怖さも知ってるんだ。
これは理屈じゃあない。
人間が、そうした自然の中で、どう協調しながら生きていくべきかを身体が覚えるんだ。」
祖父は、満足そうな顔でそう言った。
(つづく)