第7章 親と子のボーダーライン(その255)
「だからね、爺ちゃんの身体には磁石がくっ付くところがあったんだよ。」
お婆さんは、意識してなのだろう、そう面白げに言う。
深刻な顔で、今にも泣きそうな哲司の顔を見て、「これは不味い」と思ったようだった。
「ん? 磁石が?」
「ああ・・・、とうとう、全部が取れなくって、爺ちゃんの身体には鉄の破片が残ってたんだ。面白いだろ?」
「ううん・・・、そんなことは・・・。」
哲司は、それは決して笑える話だとは思わなかった。
「で、身体に包帯をぐるぐる巻きにして、爺ちゃん、ようやくこの家に戻ってきたんだ。
軍用のトラックに板で乗せられてね。」
「ト、トラックに板で?」
哲司は、フランケンシュタインを思い出した。
そう、身体中に包帯を巻いてと聞かされたからだ。
しかも、板に乗せられていたと。
「でも、だからと言って、すぐに農作業が出来たりはしなかった。
だから、今のこの場所で、こうして寝ていたんだ。爺ちゃんは・・・。」
「・・・・・・。」
「そりゃあ、その頃は大変だった。
田んぼや畑のこともしなくっちゃ行けないし、爺ちゃんのお世話もしなくっちゃ行けないしで・・・。」
「・・・・・・。」
「その時の爺ちゃんは、今の婆ちゃんと一緒だった・・・。
起き上がることも出来んかったし・・・、何ひとつ自分じゃできん。
せいぜい、大声で婆ちゃんを呼ぶだけだった・・・。」
「た、大変だったんだ・・・。」
哲司は、イメージは沸かないものの、そう言うしかなかった。
「でもねぇ、婆ちゃんは嬉しかったんだよ。」
「ん?」
「だってね、結婚して僅か半年ぐらいで離れ離れになっちまったろ?
その爺ちゃんが、大怪我はしたというものの、そうしてちゃんと生きてこの家に戻って来てくれたんだもの。
他所様には申し訳なかったけど、内心じゃあ、もう嬉しくて嬉しくて・・・。
だからね、爺ちゃんに大声で呼ばれるだけで、飛んで戻ったんだよ。
で、懸命にお世話をしたんだ・・・。
それこそ、一生懸命にだよ。」
「・・・・・・。」
「だってね、そうだろ? 爺ちゃんは、命懸けで婆ちゃんのところへと戻って来てくれたんだよ。
戦地じゃあ怖い思いをしたんだろうと思うよ。
で、その戦闘で、もう少しで死ぬという大火傷をしたんだ。
それでもね、婆ちゃんのことを思って、生きて帰らなきゃあって頑張ってくれたんだ。
だから、痛い思いをして、何度もの手術に耐えてくれたんだ。
それを思うとさ、どんな事だってしてあげられたんだ。
ありがたいって思ってね。」
お婆さんは、そう言って、またティッシュペーパーに手を伸ばした。
(つづく)