第7章 親と子のボーダーライン(その254)
「その大火傷のお陰で、爺ちゃん、内地に戻されてね。」
お婆さんは涙を拭いたティッシュペーパーを手に握り締めるようにして言う。
「ナイチって?」
「ああ・・・、今の日本にってことだよ。
その当時は、日本本土のことを内地って言ってたんだよ。
つまりは、怪我をして兵隊さんとして使えなくなったから、日本に戻されたんだ。」
「へぇ~・・・。でも、その大火傷って治ったの?」
哲司は、他人事ながら、心配になる。
「ああ・・・、何とかね。でも、背中のケロイドは一生消えなかったけれど・・・。」
「・・・・・・。」
命が助かって良かったとは思う哲司だったが、ケロイドと聞いて、眉を歪めただけで、言葉は出てこなかった。
「しばらくは、中国の野戦病院に収容されていたらしいんだけど、やがて九州鹿児島の軍病院に移送されてね。
そこに1年ほど入院してた。
背中の火傷もあったけれど、どうやら、破片が身体の中に突き刺さっていたみたいで・・・。
それを取り出すのに、少しばかり時間がかかって・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、いよいよもって、言葉を挟めなくなる。
口の中がやたらに乾く。
「で、婆ちゃん、爺ちゃんに謝りに行ったんだ。御免なさいってね。
鹿児島だったから、大変だったけれど・・・。」
「ん? 何を、ごめんなさいって?」
「実は、折角授かった赤ちゃんだったんだけど、死産だったんだ。」
「シザン?」
「う、うん・・・。死んだ状態で生まれて来たってことだ。」
「そ、そんな・・・。」
「つまりは、最初の赤ちゃんを無事に産めなくってご免なさいって、謝ったんだよ。」
「で、でも・・・、それはお婆ちゃんが悪かったんじゃないんでしょう?」
哲司は、お婆さんを擁護したくなる。
「ま、まあ、それはそうかもしれないけれど・・・。
折角、爺ちゃんとの間に授かった命だったしね。
本当は、何としてでも、ちゃんと生んで、この手に抱いてあげたかった。
それなのに・・・。そうしてあげる事も出来なくって・・・。
その子にも、何度もご免って謝ったよ。
“こんな母ちゃんでごめんよ”って・・・。」
「・・・・・・。」
哲司の眼に濡れたものが溢れてくる。
依然として、口の中は乾くのにだ。
「ボクちゃんって、ほんと、気持の優しい子なんだねぇ・・・。」
お婆さんが、哲司のためにティッシュペーパーを取ってくれる。
そのやりとりを、間で丸子ちゃんが見上げるようにしている。
(つづく)