第7章 親と子のボーダーライン(その252)
「嫌だと言っても?」
哲司としては当然の疑問である。
「そ、そうだねぇ・・・。皆、心の中じゃあ、嫌だって思ってたよ。
誰も、戦争が好きな人はいないからねぇ・・・。
それに、戦地に行けば、相手の国の兵隊さんに鉄砲で撃ち殺される可能性だってあったしねぇ・・・。
でもね、それを言えなかったんだ。お国の命令とあれば、“はい、喜んで”としか言えなかったんだ。」
「ど、どうしても嫌だって言えば?」
「そ、そうだねぇ・・・。監獄へ入れられたんだ。」
「カンゴクって?」
「刑務所みたいなところだよ。」
「け、刑務所? な、何も悪いことをしてないのに?」
「お国の命令を聞かなかったことが、それが罪だとされた時代だったんだ。」
「そ、そんなぁ・・・。」
「で、結婚をして半年で、爺ちゃんに“赤紙”が来たんだ。」
「ん? アカガミって?」
哲司が訊く。
「そっかぁ・・・。そりゃあ、知らないよねぇ・・・。
その“赤紙”って言うのは、“あんた、兵隊さんになりなさい”っていうお国からの命令書のようなもんだったんだ。
それが赤い紙で送られてきたんで、皆がそのように呼ぶようになったんだよ。」
「ふ~ん・・・、そうだったんだ・・・。」
哲司は、赤い折り紙を連想した。
「だから、爺ちゃん、兵隊さんになったんだよ。
で、この家から離れて遠くへ行っちゃってね。」
「遠くってどこなの?」
「最初は、広島の方だって聞かされていたんだけれど、そこから先は分からなくなったんだよ。
お国に聞いても、教えては貰えなかったんだ。
秘密事項だって言われてね・・・。」
「そ、それで、お婆ちゃんはどうしたの?」
「ここにじっとしてたよ。
爺ちゃんがいなくなってから、田んぼや畑の世話は婆ちゃんひとりでやらなくっちゃいけなくなったからね。
そ、それに・・・、婆ちゃんのお腹には赤ちゃんがいたからねぇ。」
「えっ! 赤ちゃん?」
「そ、そうだったんだよ。
爺ちゃんは、それを知らないで兵隊さんになっちゃってたからねぇ。
赤ちゃんが出来たって分かったときには、嬉しかったけれど、淋しくもあったんだ。
それを爺ちゃんに直接伝えられなかったしね。」
お婆さんは、枕元にあったティッシュペーパーを手にとって目に押し当てた。
(つづく)