第7章 親と子のボーダーライン(その251)
哲司はまだ8歳だ。
このおばあさんは88歳だと言う。
数えだとか満だとかの数え方は別にしてもだ。
算数が苦手な哲司だが、それでも10倍というのは感覚で分かる。
つまりは、このお婆さんは哲司の10倍以上生きているということになる。
確かに長生きの部類に入るのだろうと思う。
家の近所では、80歳代のお爺さんお婆さんを見たことが無い。
第一、殆どお年寄りは住んでいない。
「お婆ちゃんも、いろいろと頑張ってきた?」
哲司は、単刀直入に訊いた。
それ以外の訊き方を知らなかった。
大人からすれば、変な訊き方なのかもしれないが、そう訊くより方法がなかった。
「婆ちゃんがかい?」
「う、うん・・・。」
哲司は、一応、言葉が通じたことが嬉しかった。
「そうだねぇ・・・。頑張ったというより、一生懸命だったって言うのが正直なところだろうね。」
「同じことじゃないの?」
哲司は、「頑張る」と言うのと「一生懸命」が同意語に聞こえるのだ。
母親の口癖のひとつに「一生懸命頑張りなさい」というのがあったからだ。
それこそ、耳にタコが出来るほどに聞かされた言葉だった。
どこがどう違うのだろう? そう思う。
運動会のとき、母親は「哲っちゃん、頑張れ!」と大声で声援してくれる。
だが、一転して、テストの成績などが下がると、「もっと一生懸命頑張らなくっちゃ」と言う。
それこそ、どこがどう違う!
「あははは・・・。そうだねぇ・・・、ほとんど同じことかもしれないねぇ・・・。
でもね、一生懸命って言うのは、“命を懸けて”ってことなんだよ。
今の人も、すぐに“一生懸命に頑張ります”って言うけれど、本当に命懸けでってことは無いだろ?」
「ん?」
哲司は、その「命を掛ける」と言うのがピンと来ない。
「婆ちゃんが爺ちゃんと結婚した頃は、戦争が始まったころでねぇ・・・。」
「せ、戦争?」
「そう、国と国の大喧嘩だ。だから、兵隊さんも沢山要るようになってね。
いつ、爺ちゃんがその兵隊さんに取られるのか、本当にビクビクしたもんだよ。」
「お爺ちゃんは兵隊さんじゃなかったんでしょう?」
哲司は、イメージが沸かない。
「ああ、ここで、そう、この家でお百姓をやってたんだよ。
でもねぇ、その時代は、お国から“兵隊になれ!”って言われた人は、皆、そうして兵隊さんにならされたんだよ。」
お婆さんがシミジミとした口調で言う。
(つづく)